待ち受ける罠

「見たまえ。我らが故郷の空がここまで燃え上がるなど、災厄以来のことだ」


樹海の惑星グ=ラス 軌道上】


リスカムの疲労は、極限に達していた。

長時間に及ぶ戦闘のためだ。決戦は始まってしまった。どちらかが決定的な打撃を受けるまで、終わることはない。だから国連宇宙軍艦隊の総司令官であるリスカムとその旗艦コンテ・ディ・カブールは、惑星の軌道上を巡り続けている。今のところは目立った損傷を受けていない。十分な護衛によって守られているからだ。温存されている戦力はもし敗北した際、味方の撤退を援護するためにも必要だった。幸い、現状のまま推移すれば使う機会は訪れないだろうが。

今のところは、戦いは国連軍優位に見えた。それでも、神々の軍勢は強い。地上での戦いでは第四世代型神格がこれほどの速度で消耗していくことは考えられなかったが、宇宙艦艇が相手では凄まじい損害を受けているのだ。

ひょっとすれば、奥の手のひとつふたつ、隠し持っているやもしれぬ。

だからリスカムは気が抜けなかった。主戦場が衛星軌道上に集中した現在はなおさら。

「彼らが戦況をひっくり返そうとするなら、どうすると思う?」

「難しいですな。私が敵ならば本艦を狙うでしょうが。通信量の多さからも旗艦であることは隠しきれません。撃沈できれば士気に深刻な影響を与えられますし、混乱も生じるでしょう。乱戦となった現状、戦況全体に影響させるのであればそれしかないかと。ですが直接攻撃を仕掛けるのは現実的ではありません。護衛を排除するのは難しいかと」

「だよね。でも、この宇宙は彼らの庭。きっと何か手を考えてくる。神々は人類が地球を飛び出すより千年以上も昔から、ここを飛び回っていたんだもの」

参謀副官の言葉に深く考えこむ。何か見落としてはいないか。宇宙戦の技術はこの十年あまりで人類も学んできた。神々という敵を相手にすることで、深く理解してきたのだ。それ以前に人類が積み重ねてきた経験はそれと比較すればお遊びだったと言ってもいい。遺伝子戦争期、人類は本格的な宇宙戦を経験してこなかったのだから。

果たして。艦隊総司令官の不安。いや、期待に応えたのであろうか。一つの通信が、リスカムの注意を惹いた。

『惑星の反対側より、大気圏ギリギリをかすめるように突入してくる艦影あり。数六。注意されたし』

「―――それだ。各艦に通達。背後。いや、斜め下方からの攻撃に注意させて」

「この軌道でですか?かなりの高速度ですが。このままでは我々よりかなり上の軌道を通り過ぎます」

「だからこそ、だよ。急いで」

「了解。各艦に伝達します」


  ◇


灼熱の渦だった。

大気圏上層に突入した巡航艦の中で、ロド=ハウは笑みを浮かべた。してやったり。という笑みを。今頃国連軍は泡を喰っていることだろう。我が方の巡航艦隊は連中の予想より遥かに下の軌道を選んだのだから。そう。大気圏とまともにぶつかる高度を。艦の外殻は衝突でプラズマと化した大気に包まれ、一寸先も見えぬ有様である。本来大気圏内での運用を想定していない神々の巡航艦にとって、これは暴挙と言ってよかった。ほんの少しだけ突入角を下げただけでこの有様である。完全な計器飛行。振動は重心にあるブリッジにまで届き、船体は今にも空中分解しそうだ。

それだけの犠牲を払って得たものは、大気のブレーキ。

惑星外より戻ってきた巡航艦隊は高速度だ。悠長に減速していれば狙い撃ちされていたに違いない。無理やり急激な減速をかけ、惑星を半周して国連軍旗艦のから襲い掛かるにはこの方法しかなかった。

見えもしない後続を振り返る。脱落者がいないことを祈る。この機動にロド=ハウの旗艦より前はいない。一番槍の栄誉を部下に譲るなど!

上昇する。締めの噴射。加速した船体が大気にる。急速に浮かび上がる。

晴れ渡っていく前方視界。

進路上を斜めに横切っているのは、十数隻の艦艇。何十という神格。百を超える気圏戦闘機。そして中心には、事前情報通りの宇宙戦艦。敵の総旗艦だ。はっきりと。もはやレーダーに頼らずとも、光学観測で姿が捉えられるほどの近距離に国連軍総旗艦はいたのである。

態勢はこちらが圧倒的有利。最も被弾面積が小さく、全火力が集中し、そして防御力に優れる艦首を、無防備な横っ腹を向けた敵艦隊に突きつけた巡航艦が六隻。

「全艦に通達。雑魚に構うな。目標は敵旗艦。準備のできた艦から攻撃を開始せよ」

連装砲塔が目標を指向。いつでも撃てる状態。照準が完了すると同時に、ロド=ハウは命じた。

「―――撃て!」

最大出力のレーザー四本は、確かに目標に突き刺さった。わずかに遅れて後続のレーザーも。これだけの火力に晒されれば、間違いなく無事では済まない。

ロド=ハウの想像通りだった。強烈な攻撃を受けた敵、宇宙戦艦は耐えきれずに砕け散っていく。

その様子を、巡航艦隊は観測していた。

―――

ありえない光景にロド=ハウは絶句した。絶句し―――自らが謀られたことを知った。あれは替え玉デコイだ。あの新型の神格の!!

読まれていたとは。いつ入れ替わったかと問われれば、ロド=ハウら巡航艦隊が大気圏内でブラックアウトしていた間しかありえない。それ以前に入れ替わろうとしていたなら、味方艦隊からのデータでそれと知れよう。

一瞬でそこまでの結論を導き出したロド=ハウは、しかし諦めなかった。まだ機会はある。ここを突破し、再度の攻撃に賭けることができれば。

「最大加速だ。1秒でも早く突破するぞ」

艦に残る全武装が活性化する。対宙・対神格ミサイルが。コイルガンが。連装砲塔が敵を求めて照準を付けていく。巡航艦隊すべてがそれに続いた。

対する敵の反撃は、それを上回った。温存されていた対艦ミサイルが投射される。艦砲が火を噴き、荷電粒子ビームやレーザー、槍、雷撃と言った火力が集中したのである。

艦首装甲が破壊される。センサーが死んでいき、死角が増えていく。ミサイル発射管が爆発。主砲も一門が損傷した。復旧は絶望的だろう。

更に。

後方で火柱が上がった。

背面についていた4番艦。その上面から吹き上がっているのは磁場によって収束した核融合プラズマの破壊力である。それが砲塔の基部を貫通し、内部まで侵入して蹂躙している様を、ロド=ハウはモニターごしに認めた。軌道交差戦で受けた損傷部に喰らったのだ。あれでは無事に済むまい。斜め後方から急降下してきた気圏戦闘機の一撃であった。

もちろんそれだけでは終わらない。急降下してくる気圏戦闘機隊の対艦ミサイルは正確かつ執拗だった。対空砲火を潜り抜けてきたもののいくつかは巡航艦に直撃すると同時に点火。爆発する。不幸中の幸いは、それですらまだ迎撃しやすいということだろう。大気圏内への被害を考え、直撃以外では起爆しないように設定されていることが推察された。さもなくば六隻の巡航艦はもう全滅していてもおかしくない。

幾多の迎撃を潜り抜けた時。巡航艦隊は、二隻だけとなっていた。

ひとまず敵の追撃を振り切った段階で、ロド=ハウは現状の確認を命じる。

「―――被害報告を」

「はい。主推進器六基中四基停止。艦首装甲及び格納庫全損。主砲三門喪失。一門沈黙していますが修理の可否は不明。ミサイル及びコイルガン残弾なし。居住区画の八割が喪失。艦内ネットワークも多くが破壊され、乗員の半数は生死不明です。本艦は限りなく大破に近い中破と言える損害を受けた。と申し上げます」

「そうか。後続の2番艦は?」

「本艦と似たようなものです。帰還できれば儲けものでしょう」

「分かった。ひとまず艦の機能維持に全力を注げ。あちらにも同様に伝えろ」

「はっ」

艦長席に深く座り込むロド=ハウ。何とか生き延びたが、これは負けたと言っていいだろう。大敗だった。この仕事は長いが、ここまで徹底的にやられる羽目になるとは。初めての経験だった。

そして、はじめての経験はこれで終わりではなかった。本日最後の初体験が彼を待っていたのである。

「艦長。こちらの軌道に合流ランデブーしようとする艦があります。味方ではありません。先ほどの艦隊とも別です」

「何。回避は可能か?」

「難しいでしょう。反応からして恐らく神格。例の新型。艦艇タイプ四隻です」

報告に、ロド=ハウは内心でため息をついた。残った艦は満身創痍だ。武器もない。推進器を半数以上やられた現在、艦をぶつけるのも不可能だろう。万事休す。

「……艦隊総司令官ドー・ニエン閣下へ通信文を送れ。我、力及ばず敗れる。閣下と同胞たちの武運長久を祈る。と」

「了解しました」

「通信を終えたら、次の命令を通達。本艦と2番艦、両方だ。総員退艦。後、艦を自己破壊する。人類には何一つ渡してはならん」

「……了解。2番艦にも通達します」

命令が復唱され、そして実行に移される。艦内が動き出したのが、瀕死のネットワークから伝わってくる。各所で生き残っていた乗員たちが脱出艇へと移動し始めたのだ。

自らもシートベルトを外して立ち上がったロド=ハウは、宇宙服の気密を再度チェック。問題ないことを確認すると、この場にいた者たちに語り掛けた。

「私は艦内を確認してくる。取り残された者がいないかをな。さあ。諸君も脱出艇に乗りたまえ」

ブリッジに詰めていた部下たちは敬礼すると、速やかに退出していく。

それを見届けたロド=ハウは、艦の奥深くへと向かった。艦長として。そして巡航艦隊司令官としての責務を果たすべく。

二隻の巡航艦の乗員が人類の捕虜となったのは、それからすぐのことだった。

この日の艦隊決戦は、人類の勝利に終わった。




―――西暦二〇六二年十月。人類が樹海の惑星における制宙権を得た日の出来事。

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