軌道交差戦

「全艦砲撃戦用意。レーザーを叩き込んでやれ」


樹海の惑星グ=ラス近傍】


光の速度は、たったの秒速30万キロメートルでしかない。

地球を例にとってみれば月までの距離は38万キロメートル。光速で伝搬する電波を発振すれば、往復2・5秒もかかる計算となった。

だから宇宙でのレーダーは。電波を飛ばし、帰ってきたものを受け取った時点でそれは古い情報に過ぎないのだ。自然の重力と慣性に従った物体ならばそれでもよかった。未来位置を予測することはたやすい。

しかし。自力航行能力を備えた機械の場合はそうはいかない。その推進力と構造の強靭さが許す限りにおいて、未来位置を自由に変更できるのだから。回避機動を取る敵に対してはレーザー火器ですら索敵し、照準し、射撃した時点ですでに目標は移動しているのだ。そこに秒速数十キロメートルという相対速度が加われば、命中はまず期待できなかった。それよりずっと遅いミサイルや軌道爆雷の場合はより困難だ。

だから、宇宙での戦闘は比較的接近して行われる。

今、惑星に接近しつつある十二隻からなる巡航艦隊もそれを企図していた。

減速を終えた艦隊は惑星の重力に引かれて加速中である。逆説的だが、惑星の重力に抗う速度を殺したことで惑星に向けて速度を増しているのだ。最接近時は大気圏ギリギリをかすめるだろう。その後は飛び去って行くような軌道を取るが、それも重力によって減速される。楕円軌道を取っているのだった。

その頃には、割り当てられた敵群。神格らしき構造体を含んだ人類の分艦隊のひとつを粉砕しているだろう。今は惑星の裏側を巡っているはずの分艦隊は、間もなくから顔を出すはずだ。巡航艦隊はそれを狙い撃ちするべく、微調整の最中だった。進路に対して円陣を組み、相互に密な情報連携を取ることでレーザー砲撃の精度を高める構え。

その中枢。巡航艦隊の旗艦のブリッジに腰を据えたロド=ハウは、モニターをじっと見つめていた。

部下たちの働きは目を見張るものがある。兵器の整備状態も完璧と言っていいし、各々の部署。そして指揮下にある艦とそのスタッフの働きも素晴らしい。攻撃隊形も完璧に保たれている。己の理想とするとおりに動き回ることができるだろう。

それでも、油断はできなかった。敵は神々と同等のテクノロジーと強力な兵器、高い練度、そして潤沢な補給を受けたこちらと同規模の艦隊なのだから。ましてや詳細なデータがまだない新兵器を敵は投入してきている。

「第八艦隊、交戦を開始したとの報告です」

「そうか」

オペレータの報告に深く頷く。同僚が指揮を執っている第八艦隊は駆逐艦主力の精強な部隊だ。彼らはうまく戦うだろう。

間もなく、ロド=ハウ自身も交戦を開始することとなる。準備は整った。後は待つだけだ。

やがて。

星の向こう。地平線より、幾つもの影が浮かび上がった。

「未確認物体複数を確認。敵艦隊と推定されます。―――うん?これは。強力な電波妨害です。発信源多数」

「ふむ」

ロド=ハウはわずかに思案した。こちらのレーダーを妨げる狙いだろう。遠距離では光学情報だけで正確なデータを得ることは難しい。レーダーは発振した電波を正しく受信できなければ正確なデータを得ることができない。こちらの周波数に合わせた電波を飛ばして誤った情報を乗せようという試みであろう。それも、発信源多数ということは防御すべき本体とは別のプラットフォームによるもののはず。

戦術ネットワーク上に挙げられている情報とAIの助言を勘案し、命令を下す。

「6番艦に命令。レーダーを最大出力で発振せよ。全艦観測体制を最高水準に」

即座に命令は実行される。レーダーの高性能化のもっとも単純な方法はその高出力化である。真正面で浴びれば人間くらいなら一瞬で焼肉と化すほどのパワーの電磁波が電子戦仕様の6番艦から放たれ、目標とする空域に存在する多数の物体に命中し、跳ね返って来たそれを円陣を組む十二隻全体が受信。更に情報を突き合わせて精度を上げていく。

それで、敵の布陣が知れた。

縦一列に並んだ隊形。加えて周囲に、電波妨害の発信源であろう小さな物体が複数。先頭の艦が最もリスクを負う攻撃的な陣形だ。より正確に言えば一列ではなく、らせん状となることで互いに射線や視界を遮ることなく攻撃に参加できる隊形である。また被発見率が小さくなるという利点もあった。

しかし欠点が一つ。縦に並んでいるため、前方に向けている艦隊の面積は最小となるのだ。それはすなわち、観測のためのアンテナが極めて小さいということを意味する。

円陣を組むロド=ハウの艦隊に対して、敵は観測能力が大きく劣るのだった。レーダー波を垂れ流して丸見えの6番艦に対してすら。

だから、ロド=ハウは先手を打つこととした。

「全艦砲撃戦用意。レーザーを叩き込んでやれ」

各巡航艦に搭載された二連装レーザー砲塔二基が旋回する。艦隊全体で総計四十八門。それは敵艦の存在しうる未来位置を包み込むようにバラバラに照準され、そして一斉に放たれる。

閃光とともに、先頭の敵艦が弾けた。

「―――着弾を観測。目標が破砕されました」

「よろしい。第二射を準備」

「了解。第二射を準備」

敵、人類艦艇は回避行動を取ろうとしたのだろう。こちらが単艦ならその試みはある程度成功したはずだった。しかし十二隻それぞれが敵の予測進路に対して攻撃をしかければどれかは命中する。そうなれば無事では済まない。

やがて準備が完了し、第二射が発射される。これも命中。敵艦が再び砕け散った。巡航艦のレーザー砲は神格のものと比較しても威力の桁が違う。まともに受ければ死あるのみだ。

第三射は不完全だった。敵艦は完全には破壊されず、軌道を逸れて行ったのである。それを無視して第四射は四隻目を狙った。果敢に加速し、こちらに接近する構えの敵艦を。

それにもレーザーが突き刺さり、そして損傷を与える。

「四隻目、損傷を確認。―――いや、待て。これは?」

測的員の呟きを、ロド=ハウは聞きとがめた。こういう時はたいていよくない知らせだということを経験上知っていたからである。

「どうした」

「五隻目が出現したのですが―――を確認。九隻になった。判別がつきません!」

替え玉デコイか」

「恐らく。今までの四隻も含めてその可能性大です。―――まずい。後続の敵艦、どんどん増えています。10。20。30。40―――」

ありえない数だった。あの敵艦隊が星の裏側に隠れる以前の数は十二。こちらと同等だ。ということは、その大半は偽物だということ。それも大出力レーダーに晒されても判別がつかないほどの!

厄介にもほどがある。本物かどうか判別するには攻撃を続けるより他はないが、レーザーも無限に撃てるわけではない。冷却の必要があるからだ。低出力に切り替えても、替え玉を全滅されたころには撃てなくなっているだろう。そうなればミサイル戦に持ち込むしかない。敵もそれを狙ってか、惑星の軌道から飛び出しこちらと正対しようとしているのが見て取れた。

止むを得ない。ロド=ハウは、決断を下した。


  ◇


「―――敵艦隊、加速を開始。替え玉デコイへの攻撃を続けています」

"たいほう"は後続へと報告をした。戦いが始まって以降生きた心地がしない。何しろ敵の攻撃の矢面に立っているのだから。今のところ直撃は受けていないものの、いつダメージを受けるか気が気ではなかった。

八咫烏に備わった替え玉デコイを操る機能のおかげだった。本物そっくりの外観と大きさ、そしてある程度の軌道変更能力を備えた中空の偽物を作り出して操ることができるのだ。個人差があるが"たいほう"の場合は十二体。仲間のものも加わる。敵の攻撃がそちらに分散すれば、生き延びる確率は上がった。

そしてもうひとつ。陣形の後方にいる艦艇型神格"ガルーダ"級が備える電子戦能力のおかげでもある。最初に敵に対して電波妨害を開始したのはこの第四世代型神格が操るたちである。

『敵は果断な指揮官のようだ。加速時、推進剤に廃熱を流し込んで捨てている。レーザー砲の使用回数を稼ぐとともに、ミサイル戦での破壊力向上を狙っているものと考えられる。だがそれは敵にとっても諸刃の剣となりうることを教えてやれ』

最後尾の旗艦より、分艦隊司令官の通達が届いた。巡航艦はレーザー砲の能力は高いがミサイル戦能力は駆逐艦に劣る。そうなればミサイル戦に優れる八咫烏主力の国連軍が優位に立てるだろう。

加速する。後続も惑星の陰より続々と出現した。周囲の替え玉が次々と破壊されていく。敵の攻撃の間隔が開いていく。時計を確認。既に戦いが始まって何時間も経っていることに驚く。やがて替え玉がほぼ全滅。

"たいほう"の拡張身体は、無防備なままで神々の前に放り出された。

回避軌道は実を結んでいるだろうか。攻撃を避けられるだろうか。

不安と共に待ち構え―――そして、幾つものレーザーが翼長六百メートルの巨体へと、食い込んだ。

「―――!」

被害はほぼない。低出力化されたレーザーだったからだ。だから次は本命が、来る。

はたして。たいほうの想像した通りとなった。幾つもの大出力レーザー光線がたいほうの巨神である、漆黒の流体に突き刺さったのだ。そして―――

それは、破壊力を発揮せずにした。いや、わずかに命中個所を赤熱させる効果はあったものの。

プラズマ制御型神格の機能。すなわち余剰エネルギーを物質に変換して無害化する能力の、応用が、八咫烏には備わっているのだった。もちろんその防御能力には限界があったものの。

二発目は命中弾が増えた。そして三発目の発射までずいぶん間が空き、四発目が飛んでくることはなかった。

神々の艦隊は、レーザーを撃ち切ったのだ。

たいほうは、敵の攻撃を受け切った自身の拡張身体を。巨大な鳥を象ったような、漆黒の神像を。この体を与えてくれたすべての人に感謝したい気持ちだった。

とは言え戦いはまだ終わっていない。むしろこれからが本番だ。

再びじりじりと時間が過ぎていく。互いに高速で接近しているが、宇宙は馬鹿みたいに広いのだ。宇宙戦闘の特徴のひとつがこれだ。彼我の距離が遠すぎて、攻撃が互いに届くまでの時間がとてつもなく長く感じるのだ。実際にすれ違うのは一瞬だというのに。

それでも。

十分に敵が近づいてくる。武器の用意をする。後続もそれぞれが準備を開始しているはずだ。タイミングはシビアだ。ミサイルは敵前で自爆し、飛び出した無数の破片は秒速三百キロの相対速度で神々を包み込むだろう。

『攻撃を開始せよ』

待っていた命令が下る。それに合わせて、翼下に備えた二十四発のミサイルに熱量を注ぎ込む。本来無秩序な熱エネルギーは一方向に束ねられ、そして前方へと発射された。更にはプラズマ火球を構築し、幾つも同時に投射。

敵の反撃も強烈だった。神々の巡航艦隊は、その保有していたミサイルの大半を放出。たいほうたちの艦隊に向けて投射したのである。

彼我の着弾は、ほぼ同時だった。

敵艦隊のおよそ半数。六隻が一瞬で消滅し、そしてこちら。分艦隊の先頭を行く八咫烏の、特に前三隻に被弾が集中した。

「―――っ!!」

"たいほう"が感じた衝撃は、先ほどの比ではなかった。翼。頭部。背面。胸部。ありとあらゆる部位に超高速の破片が多数激突し、そのたびに巨神が破壊されていく。その中に偏在している"たいほう"自身にもダメージが蓄積されていくのだ。

レーザーを防いだ疲労がまだ回復していなかったたいほうには、耐えきれなかった。左の翼がへし折れ、砕け散ったのである。

その直後。人類と神々、二つの艦隊はすれ違った。神々の艦隊は惑星をかすめるように飛び去る軌道を。人類艦隊は惑星より離れていく軌道を取ったのだ。

戦いにひとまずの区切りがついた時。たいほうはまだ、生きていた。肉体の頭部に深刻なダメージを受け、片腕がもぎ取られ、血を流していたとしても。

『……か。"たいほう"!無事なら返事をしろ!!』

「…ぁ……」

通信に、たいほうは正気を取り戻した。意識が一瞬飛んでいたらしい。頭に残る手を当てて納得する。頭蓋骨の右後頭部が陥没している。他の知性強化動物ならば巨神を維持できなくなっているだろうダメージだったが、しかし八咫烏にとってはそうではない。長期航行に備え、右脳と左脳を交互に休ませる機能が備わっているからだ。まだ残っている左脳で、彼女は巨神の機能を維持していたのである。

「―――生きてる」

味方の損害を確認する。データリンク上では八咫烏は全員大なり小なりダメージを受けてはいるものの健在、ガルーダ級と宇宙戦艦がそれぞれ一隻ずつ失われているのが分かった。

やられたのだ。"たいほう"がそうならなかったのは幸運以外の何物でもない。

そして、それですら敵よりはずっと損害が小さい。陣形の違い故だった。

八咫烏の肉体の再生能力はかなり高い。すぐに戦闘力を回復させるはずだ。

そこまでを確認したたいほうは、自らの損害を分艦隊旗艦に報告する。

『了解した。隊列の最後尾に回り、自己の保全を最優先にしろ。"たいほう"。よく、戦った』

「はい……」

損害報告を受け取りながらも、旗艦は艦載機の発進作業を進めた。撃沈された艦の乗組員への救助を行うためである。発進が終わった段階で、艦隊全体への命令が下された

『全艦に通達。軌道を変更し、味方の支援に向かう。隊列を組みなおせ。』

慣性で飛び続けるままだった分艦隊が動きを変える。惑星へと戻り、戦いを続けるために。




―――西暦二〇六二年。神々と人類の間での艦隊決戦の最中の出来事。

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