旧い時代新たな時代

「私たちは勝利するでしょう。何故ならば今。我々には最高の武器があり、精強な乗組員が揃い、人類の英知の結晶である最新鋭の神格たちがいるからです。神々は恐怖することになるでしょう」


樹海の惑星グ=ラス軌道上】


まるで、惑星にリングをかけたかのようだった。

それもひとつではない。幾つもの軌跡が、角度も様々に星の周囲を巡っているのだ。

惑星に対して十分に小さなそれらは、高速で軌道を周回している人工物体の連なりである。それも物理的にはバラバラな構造が整然と飛行しているのだった。

国連軍の艦隊であった。幾つにも分散した彼らは、惑星上を封鎖しているのだ。向きも速度も、そして高度も様々な動きはどのような方向からの攻撃にも対応できるようにするためのもの。

いかなる物体も、重力によって支配された宇宙で止まることはできない。常に動き続ねばならかった。だから、惑星の傍で軌道にとどまりたければ重力に抗いうる速度が必要となる。遅ければ惑星に近づき、早ければ惑星から遠ざかる。それが顕著になれば惑星に叩きつけられ、あるいは惑星の重力から放り出されることとなるのだ。最も、早いものが素早く軌道を巡れるかと言えばそうではない。惑星から離れるほど早ければ、その分遠回りの必要が出てくる。結果、遅い側の方が惑星の周囲を一周するのは早いのだった。

それらの条件を勘案した上で、国連軍の布陣は比較的低い軌道であった。何かあれば大気圏内へ逃げ込めるし、地上よりの支援も受けられる。何よりまだ、高い軌道は手中に収められてはいない。

神々を打ち倒し、自らがその高みに昇るのは今。まさにこれからだったから。

国連軍の一員。軌道を巡る分艦隊の一隊の先頭を任された"たいほう"は、空を見上げた。

熱。可視光。荷電粒子。電磁波。中性微子ニュートリノ。重力波。ありとあらゆるさざめきが満ちた宇宙は賑やかだ。普通の人間には聞き取れない音色の連なりには飽きるということがなかった。

これらの発信源は自然ばかりではない。背後に連なる後続の艦艇級神格たち。宇宙戦艦。こちらとは斜めの軌道を巡る別の分艦隊からの通信。地上の様子。

そして、遥かな上を占位した神々の軍勢。

こちらが大気圏より離脱した段階で、軌道上にいた神々の艦隊の大半は後退していった。もちろん逃げたわけではない。宇宙都市群や月からの援軍と合流し、こちらに反撃するためなのは明らかだ。その総数はどんどん増えていたが、ここしばらくは落ち着いている。巡航艦。駆逐艦。その他の大型戦闘艦。合わせて恐らく百五十隻程度。それに気圏戦闘機や神格が加わる。こちらと数の上では互角だろう。敵と同等の数が揃うのを、人類は待っていたのだから。

国連軍の艦隊戦力は宇宙戦艦と第四世代の艦艇型神格。そして気圏戦闘機や、通常型の人類製神格である。宇宙戦艦の戦力は巡航艦や駆逐艦に劣るが、艦艇型神格はそれを補って余りあるはずだった。少なくとも、カタログスペック上は。

そして、自分は駆逐艦を本当に撃沈できるという事実を、たいほうは知っていた。この一カ月余りで実際に成功させたからだ。

だから、大丈夫。自分たちは見掛け倒しではない。

たいほうはただ、時を待った。


  ◇


【コンテ・ディ・カブール級宇宙戦艦一番艦 コンテ・ディ・カブール ブリッジ】


「―――敵艦隊、動き出しました」

オペレータの報告に、リスカムは頷いた。

そこは宇宙戦艦のブリッジである。たびたび乗り込み、ここから指揮を執ってきた。もはや自分の家のようにすら感じる。宇宙はナポリ、サリーナ島に続く第三の故郷だった。生涯の長い時間を宇宙で過ごした。リスカムより宇宙について知悉している知性強化動物はいないだろう。宇宙と知性強化動物という種族のかかわりの、リスカムは生き証人なのだ。

部下に命じる。この惑星の軌道上を巡っている、自らの艦隊に対する放送を。

準備できたことをオペレータに確認すると、リスカムはマイクのスイッチを入れた。

「皆さん。艦隊司令官のリスカムです。

今、我々の上には神々がいます。この十年あまり天空より我々を見下ろしていた敵の艦隊が。私たちはそれを甘んじて受け入れて来ました。何故ならば準備が整っていなかったからです。私は幼少期、母より神々の強さ、恐ろしさについて教わりました。門が開いて以降の戦いでも、それをたびたび思い返す場面に出会ってきました。けれど、それももう終わりです。何故ならば今。我々には最高の武器があり、精強な乗組員が揃い、人類の英知の結晶である最新鋭の神格たちがいるからです。すべての神々は恐怖することになるでしょう。宇宙においては最強であるはずの自分たちの艦隊が、為すすべもなく打ち倒されていく様を目の当たりとすることになるのですから。人類は千年先までわたしたちの戦いぶりを語り継ぐでしょう。共に伝説を打ち立てましょう。一つの時代を終わらせ、新たな時代を築くのです。

さあ。戦いを始めましょう。勝利を収めましょう。そしてみんなで故郷に凱旋しましょう」

演説を終えたリスカムは、深くシートに体を沈めた。戦いは準備が九割を決める。勝てるだけの体勢を整えるのがリスカムの仕事であり、後は大半の判断が各々の手に委ねられる。これからの動きは臨機応変だ。リスカムが一つ一つの動きにまで関わることはない。あるとすれば全体の重要な行動。撤退か、あるいは勝利の判断を下す事だけだ。

リスカムは、待った。敵との砲火が交わる瞬間を。





―――西暦二〇六二年。宇宙での艦隊決戦が開始された時。樹海大戦終結の五年前の出来事。

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