でっかいひとちっちゃいひと

「おー。メール、来たです」


【樹海の惑星南半球海上 神格支援型航空母艦"ニミッツ"】


ポロン。とメロディが鳴った。

通路の隅のごちゃごちゃしたスペース。そこでタブレット端末を眺めているのははやしもである。今の御時世にも関わらずケーブル接続でのやり取りだが、これも規則なので仕方ないのだ。電波を敵に察知されて撃沈されるよりはマシである。

必然、個人宛の通信はまとめて受け取ることになる。

ポートから通信ケーブルを引き抜く。届いたものを確認しようとして。

影がさした。

「―──?」

上を向くとなんだかデカいものがいる。

「はいはいどいたどいた。後がつかえてるんだから」

身長2メートルくらいの細身の知性強化動物だった。羽毛に覆われているが爬虫類ぽい顔立ち。

「ごめんなさい、です」

素直にはやしもは後退。実際狭いし本当に後がつかえている。通信を受け取れるようになったので非番の者がどんどんやってきたようだった。人も知性強化動物も区別なしに。それもこれも今世紀初頭、まだ人類が神々のかの字も知らない頃の紛争でやらかしまくった事に端を発する。はやしもには信じがたいことだが、なんでも昔は戦場でスマートフォンを使って爆撃を食らったり秘密作戦中なのに家族に連絡して身元がバレたりしたアホな軍隊がいたのだとかなんとか。電波を出さないのは電子戦の基本だ。現代では個々人の私物の端末は電波でのやり取りが制限されるようになっている。最初からハードウェアで対策しておけば失敗しないというわけだった。取り上げると士気に関わるので妥協点だろう。

邪魔にならない位置を取ると改めて端末をいじる。

何が来ているか、確かめようとして。

さっきのでっかいのが、隣の壁にどーん。ともたれた。どうやら無事にデータを受け取れたらしい。

「おチビちゃんも家族からのメール?」

こっちを見下ろしながら聞いてきた。こくりと頷く。それにしてもそんなに小さいだらうか。

「うちもうちも。あと、こいつよ」

何やら端末の画面を見せてくるでっかいの。

映っているのは特撮らしい。日本の番組の英語版というかローカライズぽい。恐らく劇場版だろう。

「へへーん。いいだろー」

はやしもは無言で頷いた。知性強化動物は4歳で戦場に出られるが、嗜好はそんなに急には変わらない者も多い。そもそも小さい頃に放送の始まった番組が大人になってもまだ続いていることは普通にありえる。

知性強化動物は士官なので自分のスペースで見るのだろう。このでっかいのは。

「でも、ほんとはシアターで見たいよね」

「映画館、好きです?」

「そりゃもちろん。でもこの船のシアターってちっちゃいし作戦行動中は使えないんだよね。地元にはでっかいドライブインシアターがあってさあ。お父さんがよく連れてってくれたの」

「しょうがない、です。何でもあるから贅沢は、言っちゃ駄目。です」

航空母艦は航空隊まで含めると五千人もの人々を乗せるから、設備も充実している。郵便局。教会。シアター。売店。ミニシアター。サウナまで用意されているのだ。一つの小さな街と言ってよい。

今世紀初頭にはもはや時代遅れとさえ言われていた巨大兵器は、この異世界においてその機能を十全に果たしている。

ひとの営みが、ここにはあった。

「ま、不便なのはしょうがないか。ちっちゃいので我慢する。」

相手に同意。

はやしもは、タブレットを改めて確認する。届いていたのは、家族や友人からのメッセージだった。

燈火が送ってきた、防衛医科大学校の卒業式に出たフランの様子。半年後にはこちらに来る“たいほう”からの連絡。フランからの、戦場で再会しようというメール。エススからの私信。そういったもの。

中身を確認し終えたはやしもは、タブレットを抱えた。

「じゃあね。おちびちゃん」

「ばいばい、です。でっかいひと」

相手の言い分にはやしもは内心苦笑しつつ。その場を去って行った。




―――西暦二〇六二年三月。蠅の王級が実戦を経験する直前の出来事。

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