二世紀の真実

「僕が生まれたのはコッツウォルズと言う土地です。そこは荒野が広がり、緑の草が生い茂る大地でした。ウサギと言う小さな草食獣が大地の穴の中に住まい、南天には東の地平線から西の地平線まで巨大な橋がかかり、空を時折巨大な獣の神像や鉄の翼が飛び交っていく。そんな場所です」


樹海の惑星グ=ラス 南半球西大陸 隔離実験施設】


入り口の狭さからは想像もつかない、広い谷間だった。

なだらかな斜面には畑が広がり、その向こうには石造りの塀と家屋が集まっている。中央には塔を備えたやや大きな建物。更にその奥にはまた畑が広がり、そして森林が見えた。恐らく水源があるとするならそのあたりなのだろう。

そんな中。畑の合間に設けられた道を、マステマとグ=ラスは進んでいた。前後を武装した人々に挟まれて。

興味深そうに見回すマステマが気になり、グ=ラスは問いかけた。

「何かわかりましたか」

「まあ分かる。と言うほどではないけれども。彼らの言語からして本来は遊牧系の人々のはずだが、ここでは農業を主としているようだ。この辺は降雨量が少ないが、山々の向こうには豊富な水量がある。それがこっちにまでしみだしてきてるんだろうな。だからこんな土地でもこれだけ植生が豊かになる」

「なるほど」

「まあ、彼らが定住しているのはそこまで広範囲のスペースを神々が確保していなかったというのも大きそうだ。ここが実験場なら、それが可能なだけの草地を確保するのも大変だったろうしね。ま、すべては推測だ。神々が資料を残していればその内事実がわかるかもしれない。この戦争が終わった後にでも」

「はい」

前を行く村人たち。そのリーダーらしい女がふたりをちらり、と見たが、それ以上の追及はなかった。

とはいえ、ふたりを見つめるのは彼女だけではない。

農作業の途中だったのだろう人々。ところどころに受けられた木の陰から顔を出す子供たち。そういった人々の視線が突き刺さる。

やがて。たどり着いたのは、村の入り口にある大きくて泥と石で作られた館。四角い塔がついているが、どのような目的で作られたのだろうか。

ふたりは、その中に連行されていった。


  ◇


族長は、まどろみの中にいた。

近頃は体が弱り、起き上がるのも困難になりつつある。お迎えが近いのであろうが。館の中で若い者たちの手助けを受けながらなんとか暮らしている状態だった。若長にすべてを引き継がせる日も近いだろう。

もっとも、それだけならば懸念するほどのことではなかった。老人が先に世を去るのは定めだ。

心配なのは、ここ最近立て続けに起こった変化。

まず、十年近く前最初の異変が起こった。夜空に幾つもの閃光が走るようになった。大地を揺るがす振動が村を襲った。異常気象が日常となった。

そして、神々の訪れが無くなった。

あの尊き方々は、時折村を訪れては若者を連れて行く。神々に仕える幸福な来世があるのだ、と村では信じられているのだ。その訪れがここしばらく途絶えている。

代わって、異様な姿の人間たちが訪れるようになった。

村人たちは悪魔の手先だと疑っている。族長自身も一度、村の中へと引きいれた彼らの言葉を聞いたことがあった。わけがわからない内容。いや、互いに噛み合わなかったような気もする。助けに来たとか、この場所から去らねばならぬとか。神々はもうやってはこないとか。とにかくまともな会話にはならず、怒った村人たちは彼らを追い払った。その後もたびたび来てはいるようだが、若長の率いる村の若者たちがその都度追い払っているようだ。

健康だったならば自分で彼らと対峙したであろう。だがもう難しい。

不安を抱えたまま、自分はこの世を去るのだろうか。

そう思うと胸が締め付けられる思いだった。

そんな折。

「族長」

「……なんだ」

「お越しください。表が大変なことに」

世話役の若者の言葉に、辛うじて上半身を起こす。助けを借りて立ち上がる。そのまま肩を貸されて、中庭に出る。

そこで、とんでもないものを見た。

「―――!なんということを。すぐに武器を収めよ。尊き神とその従者に刃を向けるとは!」

興奮で意識が遠のきそうになる。地面に神と、その眷属であろう御方が胡坐をかき、それを武装した村人たちが取り囲んでいたのだった。

族長の言葉に抗議の声を上げたのは、若長。

「しかし族長!見てください、こやつらの姿を。今まで見て来たどの神々や眷属の方々とも異なる装束。ましてや、こやつらは悪魔の手先どもの陣からやってきたのです!」

「黙れ!それを言うならば、あの者たちは自分たちを悪魔の手先であると一度でも言ったことがあるか?」

「―――それは」

「違うであろう。我らがあの者たちの言うことを理解できなかっただけだ。それだけで相手を悪魔と決めつけたのは我らだぞ。

さあ。武器を収めるのだ」

「……はい」

若長と村人たちは、命じられた通りにした。

それを確認した族長は中庭に降りると、深々と神とその眷属に対し、頭を下げる。

「申し訳ございませぬ。すべてはわたしの不徳の為すところ。どうか、罰はこの老いぼれひとりにお与えください」

それに対して返答を返したのは眷属であった。

「ご老人。頭を上げてください。僕たちはあなたたちに伝えねばならないことがあって参りました。この村の存続に関わることです」

「はっ」

「村の主だった人々を集めて欲しい。これは皆が聞き、そして決めるべきことだ」

「承知いたしました。急ぎ手配いたします」

「頼みます」

族長は、眷属の言葉に従った。


  ◇


中庭は、異様な雰囲気に包まれていた。

族長の館である。中庭に集っているのは村の主だった者たちや若衆であり、周囲を囲むような作りの泥と石から作られた建屋にも女子供らがいる。村の全人口が集まっているのだった。

太陽が間もなくもっとも高くなる時間、ふたりの来訪者は庭の中央に胡坐をかいて座っていた。ただし今度は敷物が与えられている。

「これからどうなると思う?」

「どうでしょうね。焼いて食われるかも?」

「はは。まあそうなりそうなら退散だな。大丈夫だろうとは思うけれど」

マステマとグ=ラス。地球人類に属するふたりは朗らかに言葉を投げ合っていた。まあなんとかしなければならない。仮に何ともならなかったとしても。

そうこうしているうちに、族長が告げる。

「村の者たちを集めました」

「ご苦労。

じゃあグ=ラス。はじめてもらっていいようだ。頼めるかな」

「ええ」

グ=ラスは周囲を見回すと、息を大きく吸い込んだ。実際に相手に伝わる形に翻訳するのはマステマでも、自分の言葉で語りかけねばならないと思ったからだった。

「皆さん。集まってくれて感謝します。僕の言葉を聞くという決断を下してくれたことにも。

僕の名はグ=ラス。あなた方が神々と呼ぶ種族のひとりとして生まれました。ですが、僕は他の神々とは異なる育ち方をした。今ここにこうしているのも元をただせばそれが理由です。あなた方が置かれている状況を説明する前にまず、僕が何者なのかを説明したい。それはあなた方の理解の助けにもなるだろうから。

僕ら"神々"は、あなた方人間のように生まれてきます。人間のように。とは、神々の男女が愛し合い、人間のように子を作るための行為を行い、そして運に恵まれた時に生まれる。と言うことです。違う点があるとすればただひとつ。神々はとても子供が生まれにくいということです。ですがこの点はひとまず置いておきましょう。

僕も、神々の例にもれず両親が愛し合った結果として生まれました。イギリスと言う国のコッツウォルズと言う土地です。そこは荒野が広がり、緑の草が生い茂る大地でした。ウサギと言う小さな草食獣が大地の穴の中に住まい、南天には東の地平線から西の地平線まで巨大な橋がかかり、空を時折巨大な獣の神像や鉄の翼が飛び交っていく。そんな場所です。

その土地には当時、30ほどの神々が暮らしていました。老いた神もいれば若い神もいます。もっとも、僕たちは九百年以上の時を生きますが。だから若いと言ってもあなた方の古老より年寄りでした。僕が生まれるまでは。ほんの27年前のことです。

家族や同族たちに囲まれて、僕はすくすくと育ちました。何不自由なく。いえ。実際には不自由はたくさんありました。まだ幼かった僕には理解できなかっただけで。それがいったい何なのか、歳をとるにつれて知ることとなりましたが。

故郷には時折、一人の女性が訪れました。彼女は僕にとって生涯の師とでもいうべき人物であり、偉大な戦士であり、優れた商人でもありました。僕が生まれる時にとりあげてくれたのも彼女です。彼女はいつも外の世界から様々な文物を持ち込み、僕に与えてくれました。時には外に連れ出してくれたことも。

彼女は故郷の同族たちと違っていました。彼女は人間だった」

マステマの通訳が終わるのを待つ。言葉が途切れた。顕著な反応があったのがわかる。ポイントはそこだろう。

グ=ラスは言葉を続けた。

「彼女の生徒は僕だけではありません。数多くの獣人や、ひとの言葉を解する巨大な魔獣たちも彼女の教えを受け、彼女を慕っていた。何千、何万。いえ、何千万、何億と言う数の人々の間で彼女の武名は轟き渡っていた。彼女は僕の暮らしていた世界でも23人しかいない、最高の英雄のひとりだったからです。そう。英雄です。僕の住んでいた世界。地球と言う名を持つそこでは昔、大きな戦いがあった」

深呼吸する。ここを村人たちに伝えねばならない。すべてはそこから始まるのだから。

「この世界に住まう神々が、人間の世界である地球へと攻め込んだのです。地球の暦で言えば西暦2016年。今から四十六年前のことになります」

今度こそ、大きなざわめきが起こった。理解した。いや、理解しかけているのだ、村人たちは。それゆえの反響。

「戦いは凄惨なものとなりました。戦いの前には七十億を数えた人類は、二十億にまで減りました。地球は荒れ果て、大地も海も空も深く傷つきました。それでも人々は滅びなかった。神々もまた、深く傷つき、そしてこの世界へと逃げ戻りました。目的としていたものを手に入れた上で。

僕の両親は、この時地球の人類に捕えられた者たちでした。僕は虜囚の子として生まれたのです。外部と隔てられた牢獄の中で。師は、そんな僕を憐れみ、守ってくれていたんです。そして真実を知る機会を与えてくれました。

神々が地球に攻め込んでまで欲したものはふたつあります。それは、草木。鳥。魚。地球のありとあらゆる生命です。何故ならばこの世界は本来、滅んでいるはずだったから。生命という生命が息絶え、もはや何も残らぬ荒野となり果てるのが本来の定めでした。しかしこの谷を見ればわかるように、今。この世界は生命に溢れています。何故ならば神々が地球からそれらの生きとし生けるものを持ち帰り、根付かせたからです。滅んだ生命の代わりを手にする。それが神々の目的のひとつでした。

そしてもう一つ。神々が欲したものがあります。

人間です。

彼らは、人間を欲して持ち帰ったのです。自分たちが滅びる宿命を回避するために。

神々は九百年を生きますが、不死ではありません。いずれ老いて死にます。そして先ほども言った通り神々は子が生まれにくい。とても。このままではいずれ、神々と言う種は滅びるでしょう。だから彼らは真に不死になろうとした。肉体が老いるのであれば代わりを手に入れればいい。新しい体に乗り換えていけばいい、と。

そう。人間はそのためにこの世界へと連れ帰られてきたのです。一億もの人々が連れ去られ、そしてこの世界中に根付かされました。子を産み、増えるようにです。まるで家畜を殖やすように。いえ、ように、というべきではないでしょう。神々はまさしく人類を家畜としたのですから。

神々の眷属もこれらの"家畜"から作られます。神々の従者である眷属は、本来ちっぽけな。それこそ掌で握り潰せるほど脆弱な生命でしかない。そんな彼らに、人間を肉体として与えるのです。あなた方が過去に見た事のある眷属はこれです。彼らは見かけこそ人間ですが、実際は神々に忠実な別の生き物に操られているのです」

再び間を空ける。反応を読み取る。場は静まり返っていた。―――いや。ひとりが立ち上がり、そして反論を投げかけてくる。最初に出会ったあのリーダーの女が。

「待て。お前は先ほど、四十六年前。と言ったな?だが我々は父祖の代からこの地に暮らしている。今も八十歳を超える古老が村にはいるがそのような話は聞いたこともない!」

当然の疑問だった。だから、グ=ラスは深く頷くと続きを語る。

「ええ。その疑問についてもお答えします。この村落が出来たのは恐らく二百年ほど前だと、僕らは推測しています。何故ならば、神々が地球へと攻め込む準備を始めたのがそれくらいだからです。彼らは慎重だった。地球の生命をこの世界に運び、人類を連れ帰ったとしてもうまく根付かせられるかどうかは分からない。だから、人類に気付かれないようこっそりと試した。人間が余計なことを考えないよう、無知に留めておく方法も考えだした。あなた方は二百年前、神々が地球から実験的に連れ去った人々の子孫なのです」

「何が―――何だと……一体……」

「地球の人類は長らく、この世界に来る方法を知りませんでした。何故ならば神々は復讐されることを恐れ、地球に攻め込んだ者たちには世界間の移動の方法に関する知識を持たせなかったからです。この世界の場所を、地球の人類は知らなかった。

だから、地球の人類がこの世界に来ることができたのは。この世界に連れ去られた人々の一部が、世界間の門を開いて助けを求めたからです。命を懸けて、神々と戦って。ちょうど十年前のことになります。

人類はその行いに心を打たれました。先の戦争を生き残った人々の多くが、連れ去られた家族との再会へ一縷の望みを賭けた。世界の指導者たちは、人類が二度と脅かされぬように決断を下し、多くの若者が五十億もの同胞を殺戮した神々に対する怒りに燃え、武器を手に取りました。僕もそのひとりです。僕は神々の子として生まれましたが、師は人間でした。神々と人類。どちらに正義があるかは僕にとっては明らかだった。だからここに来たのです。

あなた方に救いの手を、差し伸べるために」

そうして、青年の語りは終わった。

場は、しん。と静まり返っていた。

いや。

「教えてくれ。連れていかれた者たちはもう、帰ってこないのか?」

リーダーの女だった。マステマを通じた彼女の問いかけに、答える。正直に。

「はい。誰一人生きてはいないでしょう。神々の代わりの肉体とされたか、眷属に乗っ取られたか。いずれにせよ、その人が生きているとはとても言えません。もうこの地上のどこにも、いないのだから。地球の人類も、死んだ者を生き返らせることはできません」

「―――なんということだ。なんということだ……っ!」

泣き崩れる女。彼女だけではない。集っていた人々の皆が、今まで信じていた世界観の崩壊。と言う事態に耐えきれず茫然としていたのである。

グ=ラスとマステマは、待った。彼らが立ち直るまでの長い時間を。

太陽が西にかなり傾いた頃。ようやく、リーダーの女は再び口を開いた。

「……考える時間が欲しい。あまりにも途方もない話過ぎて、すぐには受け入れられないのだ。

―――族長。それでよろしいですね?」

「―――うむ」

族長の答えに、グ=ラスも頷いた。

「分かりました。明日の昼頃、また来ます。その時にまた、お話をさせてください」

目配せを交わし合うマステマとグ=ラス。このふたりは一礼すると、館の門を抜け、村より出て行った。

この村落における具体的な救助活動が開始されたのは、それからさらに数日後のことだった。




―――西暦二〇六二年二月。神々が人類の家畜化実験を開始してから二世紀あまり経った年、樹海大戦終結の五年前の出来事。

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