悪魔の手先
「また誰か近づいてきたぞ!」
【樹海の惑星 南半球西大陸 隔離実験施設】
物見の知らせに若長は顔を上げた。椅子替わりの岩から立ち上がると、物見台に昇ったのである。
「連中か?」
「恐らく。まだ遠いのではっきりとは見えませんが」
「うむ」
連中。と言うのは先日からこの谷に攻め込もうとしている悪魔の手先どもだった。人間の姿をしているように見えるが、あんな人間たちがいるはずもない。何しろ見たこともないような緑の服を纏い、鉄兜を被り、凄い音の出るへんてこな形の棍棒や引く者もなく走る車で武装し、そして何より、頭が獣になった人型の怪物を連れているのだ。初めて来た時は甘言で村人を騙そうとしたために追い払った。それで終わりではなく、何度も奴らはやってきた。しかしそのたびに、村の男たちが振るう刃や棍棒、弓矢、投石に恐れをなして逃げ出したのである。とは言え安心はできない。谷の入り口に壁を築いた。石垣と土塁と柵で厳重に防御し、門を作ったのだ。奴らがまた来ても攻め込むのは容易ではなかろう。
もちろん若長は、相手が近代化された強力な軍隊である。と言う事実は全く知らなかったし、彼らの目的が自分たちの救助であるということは想像すらできなかった。できるだけの知識を一切持っていなかったからである。谷に住まう村人皆がそうだった。
谷の入り口より先に広がる塩湖。その岸に沿ってかなり行ったところに悪魔の手先どもは陣を張っている。そこから歩いてくるふたつの人影を、若長と物見はじっと見つめた。
◇
「今どきこんな設備が実用目的で作られるとは思ってもみませんでした」
「同感だ。火砲一発でぶち抜かれるだろうね」
マステマは、同行者の青年の発言に頷いた。彼らの眼前に立ちはだかっているのは狭くなった谷の入り口と、そこを通れなくするための稚拙な野戦築城の結果である。現代の強力な兵器に対抗するにはあまりに壁が薄すぎるし、こちらを監視している兵員も防御が不完全で遠くから丸見えだ。たちまち撃ち殺されるだろう。
もっとも、自分たちは戦争に来たわけではない。相手を説得するために来たのだった。
傍らの相棒の顔を見る。
まあ、今は仕事だ。
マステマは、声を張り上げた。
「話がしたい。長は誰だ!」
相手の戸惑いが伝わってくる。それはそうだろう。悪魔の手先と思っていた相手の陣地から、"神々"とその眷属がやってきたのだから。
壁の向こう、物見やぐらの上で複数の人間が顔を見合わせ、何やら話をしている。
「―――お前たちは何者だ。何故、尊き神々と同じ姿をしている!?」
マステマは苦笑。彼らは自分たちを悪魔の手先と扱うことにしたらしい。グ=ラス青年の鳥相も、悪魔が神々に化けているのだ、と。
相手の言い分を翻訳して伝える。それに対してグ=ラスはわずかな間考えこんだ。
「さあ。どうする?」
「そうですね。自分たちの手で確かめろ。と言ってやってください。僕は間違いなく"神々"のひとりだと付け加えて。嘘は言ってない」
「オーケーだ。その方向で行こう」
グ=ラスの言葉が意訳され、城壁内へと投げかけられる。
再び、困惑の時間が流れた。
―――やがて。
木製の門が、ゆっくりと開いていく。
「行きましょう」
「ああ」
ふたりは、門の内側へと足を踏み入れた。
◇
―――何が起きている?
若長は困惑していた。城壁の内側に入れた者たちに対して。
ひとりは人間のように見える。外で陣取っている連中とは異なる意匠の服装。
そしてもうひとり。こちらが問題だった。尊き神々と同じ、鳥にも似た容姿をしている。しかしその身を包むのは神聖なる衣ではなく、外の連中と同じに色分けされた上下の着衣である。奴らの仲間なのではと疑わせた。
だから、油断なく動きを封じている。扉を閉め、槍や鉈で武装した村人が周りをぐるりと取り囲んでいるのだ。
「僕は姿を偽っていない。疑うなら、直接手で確かめてみたらどうだ」
「……と、言っているよ」
鳥相の者の言葉を、人間の姿をした者が翻訳して伝えてくる。どうするべきか悩んだ若長は、鳥相の者に歩み寄ると言われた通りにした。
すなわち、手で相手の顔をがっしりとつかんだのである。
「―――いてっ。ちょ、ほどほどに…!」
何やら叫んでいるが無視。羽毛を引っ張る。顔をいじる。節くれだった手を握る。
―――どうも本物ではあるらしい。不審なのは変わらぬが。少なくとも、神々と同じ姿をしているのは間違いないようだ。
「どうします、若長」
「こいつらを村まで連れて行くぞ。交代を呼んで来い」
村人たちは、若長のいう通りにした。
―――西暦二〇六二年二月。神々が人類の家畜化実験を開始してから二世紀あまり経った年の出来事。
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