堕天使と神々と

「彼らはごく初期。最初の門が開いた直後にこの惑星へと連れ去られた人々の子孫。ということだ。遺伝子戦争ではなくな。ここは神々が人類をいかにして飼いならすかを実験するための隔離施設だったのだよ」


【樹海の惑星 南半球西大陸 隔離実験施設】


どこまでも続く不毛の地だった。

人類の勢力圏に入ったこの領域は標高の高さもあって寒冷だ。更に季節風が山脈の東側に当たって雨となるため、その反対にあたるこちら側へ流れ込むのは乾燥した風と言う非対称性がある。人が住むにははなはだ不適と言えた。

事実、この周辺には人間の集落は存在しなかった。一つを除いては。

前方に広がる塩湖と、その奥にある谷間を窓から見下ろしながら、グ=ラスはため息をついた。間もなくあそこに着陸するからである。それも、自分のこの鳥相を生かした仕事が待っているという。国連軍の一員としてはため息のひとつもつきたくもなる。

回転翼機が降下していき、速度がゆっくりになり、やがて湖畔の砂地に着陸。パイロットのゴーサインが出た時点でグ=ラスは扉を開き、そして大地に降り立った。

「グ=ラスです。あなたがこちらの責任者でしょうか?」

「おお。君がそうか。よく来てくれたな。待っていたよ」

歩み寄ってきたのは少佐の階級章をつけた、サングラスに髭の大男。彼の向こうには幾つもの航空機や天幕、パワードスーツ。兵士たちや、知性強化動物の姿などが見えた。

「部隊長のチャールズ・ウォーレンだ。君を呼び寄せた張本人だよ。よろしく。場所を移そう。すぐそこだ」

握手を交わすと、移動を開始する両者。大男はしばし進むと、双眼鏡を取り出す。それをグ=ラスに手渡すと、谷の入り口を指さした。

「あれだ。見えるかね」

「城壁。……ですかね」

「その通り。機能的にはそのものだな。力ずくで破壊していいならとっくの昔に突破しているがそういうわけにもいかん。それで君を呼んだわけだ」

眼前に広がっていたのは、狭まった谷の入り口とそして、そこを塞ぐ石と木、土塁で作り出された防御設備だった。人力で作られたものだろう。五~十世紀も前の戦争に興味があればよく見知っているような作りではあった。

そして、その向こう側に作られた見張り台の上からこちらを監視しているのは、人間。距離が遠いためによくは見えないが、この世界で生まれ育ったのだろう物腰であり、服装であろうことは分かる。手にしているのは弓矢か。

「あれが、彼らの武器だ。我々のことを悪魔の手先と認識している。うちの兵士目掛けて矢を放ってきてね。こりゃあたまらんと逃げる羽目になったよ。彼らの文明に対する認識は驚くほどの水準だ。古老でもテクノロジーの産物を見たことがほとんどないらしい。神々のものを除いてな。専門家の意見では実際に彼らはこの二世紀、テクノロジーとの接触がなかったのではないか。と言うことだ。私も同意見だがね」

「二世紀…といいますと」

「彼らはごく初期。最初の門が開いた直後にこの惑星へと連れ去られた人々の子孫。ということだ。遺伝子戦争ではなくな。ここは神々が人類をいかにして飼いならすかを実験するための隔離施設だったのだよ」

「―――!」

「地球に関する伝承や記録を彼らはもっていない。神々はうまくそれらを消し去ったようだな。そのせいで、彼らは我々の言葉を一切聞き入れんのだ。神々を心の底から信仰し、仕えている。とっくの昔に見捨てられたというのにそれを理解できないのだ。これでは救助どころではない。もちろん、力ずくで連れて行くことはできる。何なら分子運動制御で村を根こそぎ持って行ってもいい。だがそれでは彼らの我々に対する不信感を拭い去ることはできん。説得しなければならない。

それで君を呼んだ」

「僕が、"神々"だからですか」

「そうだ。君とならば、彼らもコミュニケーションを取るだろう。彼らに現状を認識させ、救助を受け入れさせてくれたまえ。

キルギス語は話せるかね?」

「いえ。話せません」

「分かった。通訳はこちらで用意してある。難しい任務になるが、頼む」

「はっ。了解です」

「では、通訳兼専門家を紹介しよう」

ふたりは城壁の見える地点を後にし、来た道を戻っていく。その途中にあった天幕で、通訳は待っていた。

それは、男とも女とも分からぬ中性的な。そして美しい顔立ちの人物であった。身に着けているのは軍服ではないがフィールドワークに適した服装。民間人らしい。

どこか見覚えのある彼女は視線を上げると、口を開いた。

「やあ、少佐。彼が例の?」

「ええ。グ=ラスになります。

紹介しよう。こちらが今回、通訳とアドバイザーを務めて下さっている科学者の、マステマ氏だ」

グ=ラスは、既視感について合点がいった。遺伝子戦争の英雄。幸運なる23人。天使と悪魔を象った巨神を備える人類側神格が、そこにいたのだった。

「よろしく」

堕天使が差し出した手。それを、グ=ラスはしっかりとつかんだ。




―――西暦二〇六二年二月。神々が人類の家畜化実験を開始してから二世紀あまり経った年の出来事。樹海大戦終結の五年前。

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