それぞれの勝利
「私の提案とは、一時的な休戦。この場限りでの戦闘の停止だ。もちろん、双方が受け入れてくれることが前提となるが。
どうか、検討して欲しい」
【樹海の惑星南半球 宇宙都市落着地帯】
ガブリエラは踏み込んだ。六本腕で保持する三本の大剣を振りかざし、海面すれすれを疾走したのである。
果たして、敵は挑戦を受けた。同様に高度を下げて突進してきたのは赤い女神像。両手に構えた二刀はこちらに合わせたつもりであろうか。
激突。
敵神の二刀が、立て続けに突き込まれてきた。初撃を逸らす。二刀目が鍔迫り合いの格好となり、そしてこちらの三刀目を防ぐ剣はもはや女神像にはない。
"ヘカトンケイル"が放った致命の一撃は、しかし中断を余儀なくされた。横手より振るわれた長柄武器を阻止するため、軌道を変更したのである。
割って入ったのは、ライムグリーンのやはり女神像。
壮絶な切り合いが始まった。極超音速で交わされる双方の攻撃は、その衝撃波で眼下の海面を同心円状に波立たせ、宇宙都市の残骸を揺らがせる。
接近戦では互角。更に残る眷属どもも集まろうとしている。されどガブリエラにとっては大した問題ではなかった。彼女の手は六本だけではなかったからである。
分子運動制御によって海水から作られた腕。多数の関節を持ち、何百メートルもの長大さを備えたそれらは別々に動き、残る眷属群へと襲い掛かった。それも、自らの意思があるかのように。
眷属の放った冷気が腕を凍てつかせる。かと思えば鷲づかみにされた眷属が砕け散った。雷撃が腕を吹き飛ばし、巨大な拳で眷属が殴り飛ばされる。上昇し、遮蔽物に隠れ、あるいは高速で後退しながら攻撃を捌いていく眷属群。残骸と言う巨大な遮蔽物がなければあっという間に彼らは全滅していただろう。
そして、眷属の敵はヘカトンケイルだけではない。
ミカエルのドラクルもミサイルを再度装填すると投射。盾の上下から放たれた円筒は次々と飛び出し、敵勢へと襲い掛かる。
戦況は、全体として互角に見えた。押し切るためにはあと一手が足りない。
だから。
ガブリエラは、手を増やす事とした。大した手間ではい。テーブルから胡椒を取る程度の気軽さで、彼女は自らの手足を呼び出したのである。
海面が再び盛り上った。
そこから飛び出してきたのは、"ヘカトンケイル"。六本の腕を備えた一万トンの巨体がもう一体、出現したのである。今二柱の眷属と切り結んでいるのとは別に。
複数の巨神を同時に操る。それこそが、ヘカトンケイルの最大の特徴のひとつであったから。
ひとつの意思によって操られた二柱目の巨人像は、神々の軍勢へと襲い掛かった。
◇
―――二柱目!!
敵の増援を察知したブリュンヒルデは決断を下した。時間をかければ負ける。自分たちはたった一柱相手でも渡り合うので精一杯なのだから。
全身の構成原子を励起する。相手の剣をいなす。体ごとぶつかっていく。
巨大なエネルギーが、六本腕を焦点として集中した。物質の結合を司る障壁のエネルギー準位が引き下げられる。分子がバラバラに砕け散っていく。原子が崩壊する。とてつもないパワーが連鎖反応し、すべてを巻き込む渦として発展していく。
渦の中心となった敵神を突き飛ばし、ブリュンヒルデは新手へと向き直った。同時に配下神格群。その一柱へと命令を下す。
「攻撃位置を取れ!!」
隣では同じく後退したデメテルの姿。ライムグリーンの彼女の髪から、幾つもの。いや、数十もの小さな円筒が飛び出すと点火し、そしてそれぞれが新手の六本腕へと襲い掛かる。それも、四方八方から。
ごく短距離でトップスピードに達したミサイルを迎撃するのは容易ではない。六本腕は掴み出した水柱で、大気を凝結させた盾で、振り回す大剣でその一部を防ぎあるいは撃墜したが、残る十数本が命中。その内蔵する電子励起爆薬を炸裂させた。
「―――!」
ブリュンヒルデは驚嘆した。敵神がほとんど無傷だったからである。恐るべき強靭さであった。これが眷属ならば破壊されていただろう。
この時点で彼女は、あることに思い至った。まだ消滅していない、渦へと目をやる。
そこから飛び出してきたのは、全身に損傷を受けつつもまだ、その五体が満足なままの六本腕。信じがたい強靭さを備えた新型は、ブリュンヒルデの"渦"さえ耐え抜いたのだ。
身を庇うので精一杯だった。
強烈な大剣の一撃が、受け止めた長剣ごとブリュンヒルデの赤い女神像を吹き飛ばす。
損傷をものともしない猛攻に押し込まれていくデメテル。
その時だった。ブリュンヒルデに、配下の眷属より通信が入ったのは。
―――攻撃位置占位完了、という。
赤の女神は、即座に指示を下した。
「―――やりなさい!!」
朝日が、昇った。
否。まだ朝は来ていない。ただ、水平線の彼方。その向こうで出番を待っている太陽の放射のほんの一部が、届けられただけだ。数千キロメートルの大きさを備える鏡によって。
人類がアルキメデス・ミラーと呼ぶ超兵器は陽光を収束すると、一点。今だ無傷の二柱目を、最初のターゲットに選んだ。
驚くべきことに、高エネルギーの陽光ですら致命傷を与えるというわけにはいかなかった。ただ、一閃ごとに六本腕の巨体は溶断され、深い傷が刻まれていく。
限界が訪れるまで数閃の往復が必要だった。砕け散り、そして消えていく二柱目。
残る人類製神格たちは逃れようとした。蝙蝠の頭部を持つ"ドラクル"は宇宙都市の残骸に隠れ、そして一柱目の六本腕はデメテルを突き飛ばすと、海中に飛び込もうとしたのである。
そこへ、陽光が襲い掛かった。既に損傷を負っていた六本腕は耐えられなかったか、一撃で砕け散っていく。
残るは一柱。こちらはまだ十近い眷属がいる。ドラクルは強力な神格だが、アルキメデス・ミラーと数的優位を生かせば撃破は時間の問題だ。
遮蔽を奪うべく、ミラーが残骸を切り裂いた。たまらず飛び出してくる"ドラクル"。もはやその身を守るものはない。陽光の一撃で切断されるだろう。
誰もがそう思った。その時。
海水が、持ち上がった。強力無比な分子運動制御によって、それこそ島ひとつ分に匹敵するような水量が。それはドラクルを庇った。アルキメデス・ミラーの陽光と真正面から激突し、そして凄まじい蒸気をまき散らしたのである。
ブリュンヒルデは、見た。残る敵神を守る、新手の姿を。
六本腕。一柱だけではない。二柱。四柱。八柱。―――総計二十二柱もの新型が、海水と共に浮かび上がってきたのだ。
「―――新型が、こんなに?」
茫然と呟くデメテル。その言葉に、ブリュンヒルデは頭を振った。
「いいえ。一体です。あれはたった一柱の神格が、二十を超える巨神を操っている。そう考えねば辻褄が合いません。今まで戦ってきた第四世代と比べて弱かったのも当然です。私たちが戦っていたのは、敵の力のほんの二十分の一だったのですから。私たちが必死で倒した二柱も含めれば二十四。恐らくそれがあれの定数なのでしょう」
「なんてこった。そんなもの、どうやって倒せばいい?」
「本体がいるはずです。この期に及んでは隠すよりあの中にいる方が安全でしょうから。問題は、それがどれか私たちに見破る術はないということですが。構成する流体を丸ごと駄目にするような攻撃でなければ、撃破した巨神もすぐさま再構築されるでしょうし」
ふたりは、見た。今現在もアルキメデス・ミラーを阻止し続けている膨大な水量。蒸発するそばから持ち上げられ、補充されていくのだ。それを可能とするのは二十二柱もの巨神による、力任せの分子運動制御であろう。それ以上のことができるのかどうかは分からなかったが、少なくとも敵にはまだ、自由な132本の腕と二十二の頑強な体、そして"ドラクル"がいる。こちらを全滅させるのには十分な戦力だ。
とはいえ、あちらもこの態勢では迂闊に身動きはできまい。アルキメデス・ミラーを防ぎ続けねばならないからだ。互いに決め手を欠いていた。
その時だった。
『―――この海域に存在するすべての勢力に告げる。
こちらは潜水艦"黎明"号。私は艦長のロ=グゥスだ。この場に存在するすべての者に対して提案がある』
全ての者の視線が、一点。数キロ先にある宇宙都市の残骸の手前に浮かんだ、ちっぽけなブイへと向けられていた。そこから全周波数で通信が発せられていたのである。
皆が見守る前で、影が揺らめいた。海中より巨大な構造が浮かび上がってくる。
海水を押しのけて出現したのは、百二十メートルもの大きさを備えた潜水艦であった。
そいつは。神々の軍勢が救援するべき艦の長は、とんでもないことを口にした。
『私の提案とは、一時的な休戦。この場限りでの戦闘の停止だ。もちろん、双方が受け入れてくれることが前提となるが。
どうか、検討して欲しい』
◇
【潜水艦内】
「我々は戦闘によって近辺の集落が損害を被ることを望んでいない。勢力の別なくだ。これ以上の戦いは、周辺環境に望ましくない被害を与えるだろう。
そちらの神格部隊。指揮官は誰かな」
艦長は。ロ=グゥスは、眷属群に問いかけた。自らの指揮下ではない、友軍。人間の肉体を用いる、機械生命体に対して言葉を投げかけたのである。
『―――臨時指揮官のブリュンヒルデです。第八八七独立作戦隊に属しております、艦長殿』
「そうか。私は君の命令権者ではない。だから先の言葉はあくまでも提案だ。受け入れてくれるかね」
『私の受けた命令は貴艦の保護であり、敵との戦闘はその手段のひとつにすぎません。命令を実行できるのであれば、休戦もまた選択肢の一つとなりえます。私の裁量権で休戦は可能です。相手がそれを受け入れるのであれば、ですが』
「わかった。ありがとう。
それではもう一方の当事者の話を聞くとしよう。
国連軍。そちらの代表者と話したい」
ロ=グゥス艦長が国連軍に対して投げかけた問い。これへの返答は、ずいぶんと遅れた。後方と交信していたのかもしれない。
『―――こちらは国連軍神格部隊、"ドラクル"級。ミカエル大尉です。そちらの要求を検討したいと考えています。より具体的な内容を伺いたい』
この瞬間。艦長は、安堵のため息をついた。いや、まだどう転ぶかは分からないにしても。
傍らの副長と視線を交わし合う。
「話に乗ってくれて助かった。連中が我々の撃破より村落のヒトの安全と救助を優先するかどうかは賭けだったからな」
「お見事でした。これで我々の安全と、人類による報復攻撃の誘発の回避が両立されたわけです」
「まだ分からんがね。ここからが正念場だ」
マイクに向き直ると、ロ=グゥス艦長は通信のスイッチを再び入れた。そして、具体的な休戦の内容について告げたのである。
結論から言えば、休戦は成立した。ロ=グゥスは。いや、戦いに参加していたすべての者は、この局面で求めていた勝利を手に入れたのだった。
―――西暦二〇六一年。ヘカトンケイル級が初めて実戦を経験した日、終戦の六年前の出来事。
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