百腕巨人

「やれやれ。流れ弾の心配まで必要になるとは。救援部隊が敵と交戦する羽目になった場合、外れた攻撃が村落まで届く危険があるぞ。救難信号を送ったのは早計だったか」


樹海の惑星グ=ラス南半球 秘密基地】


警報が響き渡った時、デメテルがまずやったのは皿の中身を一気に飲み干すことだった。例のどろどろのランフォードスープである。こんなものでも腹に入れておかねば次はいつ、食べられるか分かったものではない。

皿を置いて立ちあがった段階で、脳内無線機経由で呼び出しが来た。即座に文面を確認。

「デメテル。そちらにも呼び出しが来ましたか?」

ブリュンヒルデに頷く。同じ文面が来たようだ。この相棒とデメテルは常に行動を共にさせるように、と言う古い命令の効力はいまだに生きている。さすがは大神ミン=ア直々の勅令というべきか。この戦局でさえ律義に守られているのは驚くべきことだが、建築・工作型神格であるデメテルの価値は比較的高い。ブリュンヒルデにはその護衛と言う側面もあるようだった。

「では行きましょう」

「ああ」

ふたりはキャットウォークを駆けだした。


  ◇


【潜水艦内】


「肝を冷やしました。分子運動制御でつまみ上げられた時にはどうなることかと」

「実を言うと私もだ、副長。うまくいって助かった」

年下の艦長は、そう言いながらも鳥相に笑みを浮かべた。

国連軍より逃れてしばらくのことである。彼らの指揮する潜水艦は、巨大な宇宙都市の残骸が突き立った場所。その一角で身を潜めていた。

この海域では隠れる場所には事欠かない。しばらくは凌ぐことができるだろう。

「救援は来るでしょうか」

「来る。味方を信じたまえ。我々の発した信号を受け取り、今頃はもう救援部隊を送り込んでいるやもしれん。とはいえ、いつ来るか分からないものを前提に作戦は立てられん。

副長。敵がこの海域にいたのはなぜだと思う?このあたりには連中にとってさほど高価値な目標はないはずだ。厳重に秘匿されている秘密基地を除いては。補給路に用いるわけでもなかろう」

「高価値な目標ならひとつ、心当たりがあります。こちらをご覧ください」

副長がコンソールに呼び出したのは海図。倍率を調整し、自らを中心として表示する。その隅の方に浮かぶ島を、彼は指さした。

「私の記憶が確かなら、人間の村落がこのあたりにあったはずです。それもそこそこに規模の大きい。この船のデータベースに載っているかどうかは―――ありましたな」

「連中はその救助に当たっている部隊というわけか。今のところもっとも納得の行く推測だが、そうだとするならツイていないな。この村落から我々が神格に発見された地点まで相当に離れている。哨戒網にひっかかったか」

「恐らく」

「やれやれ。これだけ離れていれば大丈夫だとは思うが、流れ弾の心配まで必要になるとは。救援部隊が敵と交戦する羽目になった場合、外れた攻撃が村落まで届く危険があるぞ。救難信号を送ったのは早計だったか」

艦長が懸念するのは報復攻撃の誘発である。この惑星における人類集落に対する意図的な虐殺・攻撃を神々が行ったことが確認された場合、人類は神々の都市に対して報復攻撃を行うと明言しているのだ。過去には数度、実際に報復は行われ三百数十万もの犠牲者が出ている。どうしても慎重にならざるを得ない。

「最悪の場合どうされますか」

「私の首で何とかするしかないだろう。そうならないことを祈ってはいるが」

「そうなったら、私もお供します」

「いらん。代わりにこの艦は任せる」

「はっ」


  ◇


月夜を、海面すれすれで飛翔する影があった。

それは翼を備えた赤い神像だったり、黒ずんだ海神像だったり、あるいは異形の怪物を象った像だったりする。十を超えるそれらが音もなく、音速近い速度で前進しているのだ。

神々の軍勢であった。

「―――間もなく予定地点です。速度を落としなさい。警戒を厳に」

命令を下したのはブリュンヒルデ。隊列の中央で相棒と共に飛翔する彼女の姿は堂の入ったもの。現存するほとんどの眷属より経験豊富な彼女がこの軍勢の長だった。

彼女らの前方では、ぽつりぽつり。と、水平線上に伸びる構造物が現れ始めている。

それは、巨大な―――何十キロもあるだろう構造のごく一部。それだけでも数百メートルから大きいものでは数キロメートル近い金属の塊が、海面に横たわりあるいは突き出しているのだ。

宇宙都市の残骸であった。

部隊を散開させる。敵が待ち伏せしているかもしれない。救助を求めた潜水艦が潜んでいるとすればこのあたりだろうが、まだ無事かどうか。隠れるには都合の良い場所があまりに多すぎる。

「どう思います?」

「あまり長居をしたい場所じゃあないな。だが贅沢は言っていられない。さっさと潜水艦を見つけて連れ帰ろう」

「私も同意見です。―――!デメテル!」

それは、ブリュンヒルデが叫んだのとほぼ同時だった。巨大な残骸の陰。そこから、音速の二十四倍もの速度で槍が投射されたのは。

デメテルが上体を、その攻撃を回避できたのは奇跡と言ってもいいだろう。警告が遅れていれば串刺しになっていたに違いない。

ブリュンヒルデは即座に反撃を開始した。虚空から弓をと、そこに四本の矢を同時につがえ、そして放ったのである。

総計二百四十トンの質量が、音速の三十倍もの速度で射出された。それは大きく弧を描くと、遮蔽物。宇宙都市の残骸を迂回した向こう側へと行く。

その隙にデメテルは、また別の残骸の陰に滑り込んだ。更にはより引き抜いたのは巨大な狙撃銃にも似た荷電粒子砲。

それを構え、遮蔽より身を乗り出した段階で。

敵がいると目される残骸。そこから真上に、四本の円筒が飛び出した。

―――対神格ミサイル!!

即座に照準。発射。一発目が外れる。二発目が突き刺さり、ミサイルが溶融。三発目。四発目で銃身が過熱し撃てなくなった。そうこうする間にも残った三本のミサイルはこちらに迫ってくる!

一本目のミサイルが遮蔽に命中するのと同時に爆発。そこから飛び出したデメテルへ、残る二本が迫る。役立たずと化した荷電粒子砲を投げつけ、遠隔操作で射撃命令。既にオーバーヒートしていた銃の機関部が爆発し、ミサイルを巻き込む。

そして、最後の一本が迫った時。デメテルは死を覚悟した。

直撃する。そう思われた瞬間。

ミサイルは、真っ二つとなった。強烈な斬撃によって切断された均一な構造は、一拍置いて砕け散る。

それを為したのは、赤い剣。甲冑で身を守った翼持つ女神像の神業が、ミサイルを切り裂いたのだ。ほとんど瞬間移動のような速さでもって。恐るべき技量だった。

「―――無事ですか、デメテル」

「…ああ。助かったよ、ヒルデ」

両名は敵がいるであろう方向に向き直った。予想が正しければミサイルは撃ち切ったはず。

果たして。

残骸の陰より姿を現したのは、盾に突き立った矢を残したままの、蝙蝠の頭部と翼を備えた獣神。"ドラクル"であった。

そいつは虚空より槍をと、こちらに対して身構える。

ブリュンヒルデも散開した味方を呼び寄せようとして。

突如、海面が

驚くほどゆっくりと膨れ上がっていくそれは、背中。黒ずんだ巨体を備える海神が飛び出してきたのである。とは言えそれはブリュンヒルデたちのように自ら浮遊しているのではない。空中へと放り投げられたのである。一万トンの質量を、まるでバスケットボールのように。

直後。

海面がかと思えば、それらが刃へと変じそして海神へと襲い掛かった。

真っ二つとなった巨体は砕け散り、破片が雨のように降り注ぐ。かと思えばそれは、海面に到達する以前に消えていった。

分子運動制御の威力であった。

それを為した者の正体はすぐに知れた。自ら海中より、姿を現したのである。

そいつは巨人だった。角を伸ばし、六本の腕を生やし、胴鎧で身を守り、巨大な剣を手にした、サンゴで出来た怪物である。

神々の軍勢が持つデータベースにも存在しない異形を持つ人類製神格。新型なのは明らかであった。

怪物は自らのアスペクトを発揮。その周囲に幾つもの水柱が立ち上がると、たちまちのうちに形態を変化させていきそして―――形作ったのは、"腕"。ひとつひとつがビルディングを超え、巨神すらも鷲づかみと出来そうな大いなる構造が海面より伸びていたのである。もちろん捕まったものがどうなるかは考えるまでもあるまい。

人類製第四世代型神格"ヘカトンケイル"。その権能の一端であった。

散っていた眷属たちが集まる中。両陣営は、身構えた。

月下の死闘はこうして始まった。




―――西暦二〇六一年。ヘカトンケイル級が初めて実戦を行った夜の出来事。

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