月下のクジラ

「月夜はどうも好きになれん。それは全てを白日の下に曝け出す」


樹海の惑星グ=ラス南半球 宇宙都市落着地帯】


「すべてかどうかはわかりかねますが、少なくとも我々の存在を曝け出す。という点については同意見です。よろしくないですな」

副長は、艦長に対して頷いた。

そこは潜水艦の中枢部である。狭い空間に配置された最小限の人員は鳥相だ。神々の兵器であった。

そんな中では数少ない、ヒトの顔を持つ副長は自らのコンソールの情報を確認する。音響。磁気。熱源。中性微子ニュートリノ。重力。様々な反応は異常値が出ているが、それは特におかしなことではない。この海域はかつて落下した宇宙都市の残骸がそこかしこに存在する上、海底火山帯でもある。センサーをかく乱する要素は無限にあると言っても過言ではなかった。

それは、敵の察知を難しくさせる側面を持つと同時に、潜水艦が捕捉される可能性をも押し下げていた。よほど接近されなければ発見される可能性はまずなかろう。必然、戦闘になれば接近戦は避けられないということでもあるが。

そしてそうなる危険のひとつが、上空から発見されるというものである。この海域は比較的浅く水は澄んでいる。月光で発見される危険があった。地球と異なる砕けたような姿の衛星であっても、その戦術上の役割は同じである。

「やれやれ。敵はその気になれば瞬間移動テレポートで機甲部隊を丸ごと運べるというのに、我々はこうして昔ながらの潜水艦に頼るしかないとは」

「昔ながらのものにもよいところはあります。この種の兵器はかつてほどのコストがかからなくなりました。技術の進歩のおかげです。枯れた技術のおかげで信頼性も高い。対する敵の瞬間移動は極めてコストが高く、数もそろえられているとは言い難いでしょう」

「我々だって乗員の命の値段はうなぎのぼりだ。兵器が安価になっても、それを扱うスキルは極めて高度になっている。潜水艦にしろ気圏戦闘機にしろ。長い訓練を経た熟練の兵士がいなければ、性能を発揮することはできない。そのせいで損害はかつてより更に取り返しがつかなくなった。そうじゃないかね」

「はい」

副長は頷いた。実際の所艦長の言う通り、人材の不足はここ数年深刻だ。軍を一度は引退した自分自身、こうして復帰してこなければならなかったのだから。

これはかつて体験した戦争とは全く異なるものなのだという事実を強く実感する。神々と同等の水準に達した異種族との全面戦争。それも敵は戦意旺盛で、こちらを知り尽くし、交渉すら行っている。かつて種族の誰も体験したことのない事態だった。

「まあいい。何事もなく基地まで積み荷を運ぶことを考えよう」

「はっ」

異変が起きたのはその時だった。

「推進に異常発生!速度低下中。機関は正常だってのに。―――これは!艦体の熱分布が変化しています。ロスしている運動量と一致!」

「分子運動制御か」

急激な減速についてのオペレータの報告に、副長の顔は青くなった。敵に捕捉され、それどころか先手を許したことを意味する内容だったからである。

対する艦長の対応は素早かった。

「対空兵装準備!全自動照準。撃ちっぱなしだ。ターゲットの選定はAIに全面委任。砲術長!」

「了解。対空兵装準備完了」

「―――放て!」

潜水艦の兵器システムが、活動を開始した。


  ◇


月夜の海原だった。

海面すれすれを飛翔しているのは二つの人影。いや。それを人と呼ぶのは語弊があろう。それぞれ五十メートルの大きさと一万トンの質量を備えた神像型の超兵器であったから。巨神であった。

ひとつは蝙蝠の頭部と翼を備え、甲冑と長槍と盾で武装した暗灰色の"ドラクル"。

もう一方は、サンゴのごときピンクがかった素材で出来た、細身の巨人である。胴鎧を身に着け、角を生やし、腰回りに布を巻き付け、素足にサンダルを履いているように見える。四肢の先端や頭部は鋭利な構造を備え、そして背面。首の付け根から左右に伸びたねじくれた構造の先から上下へ、巨大な腕が二対。本来の腕と別に伸びているという多腕の巨人。"百腕の巨人ヘカトンケイル"の名に相応しい異形であった。

ヘカトンケイル。個体名ガブリエラは、その六つあるうちの人間同様肩から伸びている腕で海面を指さすと、叫んだ。

「あ。ミカエル、あそこ。何かいるよ!」

「あれはクジラ。この辺は地球の生き物が特に豊富だからね。浅瀬で波も穏やかで、食べ物がたくさんあるから集まってくるの」

ミカエルは手のかかる妹に苦笑。このヘカトンケイルは同郷なのだ。どころか同じ師匠に師事している。神格は多機種混合編成が基本だから、自分の姉妹と組む機会はあまりない。こうやってモデルチェンジした新型と以外では。

新人の訓練がてらの哨戒飛行だった。とは言え油断は禁物だ。近辺は宇宙都市の残骸と自然の要因、クジラのような大型海棲生物のせいで敵を探知しにくい。テクノロジーが進歩しても結局のところ最後にものを言うのは経験と勘だ。

「クジラかあ。ボク、食べた事ないや」

「うちの艦が今救助してる人たち、クジラ漁で生計立ててたみたいだけどね。どんな味か、あとで聞いてみたら?」

「そうするー」

月夜の海面に上半分を出すクジラ。現在地球最大の哺乳類(巨神含む)である人類製神格からすると、クジラと言えども驚くほど小さく見えた。

「あ。あっちにもクジラ!」

「ほどほどにね。―――うん?ちょっと待って」

ヘカトンケイルを制止したミカエルは、センサーを最大限にした。翼を広げ、探知精度を上げたのである。

前方を航行中の。それが、じっくりと観察された。

「―――潜水艦だ。まだ気付かれていない。ガブリエラ、気取られないようにして」

母艦に照会したミカエルは、この海域に該当する味方がいないことを確認した。更には捕獲するよう命令を受領する。

「臨検するよ。反撃に備えて。分子運動制御で足を止めるの。ガブリエラ。壊さないようにお願い」

「了解!」


  ◇


巨大な構造物が、浮かび上がりつつあった。

海面を盛り上がらせながら出現したのは百二十メートル近い大きさの機械。その背中の部分である。まるでクジラのような形状の、背中に設置された多数の武装ハッチ。それらが大気中へと晒された瞬間、一気に解放された。

開かれた十二の口より飛び出したのは、目玉のような形状の球形の機械。それらはと動くと、空中に浮遊していた二柱の敵神に対して一斉に攻撃を開始した。更には十八のサイロが展開され、中身が射出される。

まず、強烈なレーザー光線が襲い掛かった。ドラクルは盾でそれらを受け止め、そしてヘカトンケイルは海水をて壁とし、身を守る。

そこへ、多数のミサイルが襲い掛かった。

後退しながら防御する人類製神格たち。この時点で潜水艦を分子運動制御のパワーが低下した。機関がフル稼働され、急速に船体が潜っていく。多数の替え玉デコイをばらまきながら、前方へと。そこに沈み、半ば海上から姿を見せている宇宙都市の残骸へとのだった。

反撃を凌いだ二柱。彼女らが立ち直った時、潜水艦は姿を消していた。そこに多数の痕跡を残して。

「―――ガブリエラ。あいつを仕留めるよ」

二柱は追撃を開始した。




―――西暦二〇六一年。ヘカトンケイル級が実戦投入された年の出来事。

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