二分する対立

「ここには役人も宣教師もいない。金銭もない。もめ事の種になる文明もない。"神々"はいたが、連中がいない頃だってわたしらには災難がずっと、降りかかっていたんだ」


樹海の惑星グ=ラス南半球 宇宙都市落着地帯】


砂浜に作られた、作業場だった。

柱は流木をそのまま使っているのだろう。天井の材木も同様。草で葺かれた屋根がカバーする範囲は広い。何しろここで作られているのは、木造の舟なのだ。

作りかけのまま放置された舟。その傍らに座った日焼けした男に対し、高崎希美はシャッターを切った。

「ここには役人も宣教師もいない。金銭もない。もめ事の種になる文明もない。偉そうな自然保護団体だっていない。"神々"はいたが、連中がいない頃だってわたしらには災難がずっと、降りかかっていたんだ」

男は屈強だ。しかし老いていた。働き盛りの頃に遺伝子戦争を直に体験した世代であろうことは容易に想像がついた。

「あの戦争よりずっと前。クジラを捕って暮らしていた私らにも近代化の波が来た。村に宣教師がやって来て、信仰していた石を全部埋めてしまった。政府は税金を取ろうとして貨幣経済を押し付けて来た。役人どもは私たちの昔ながらのやり方を否定して、クジラを捕るのをやめさせる代わりにまっとうな仕事をやらせようとした。私たちは税金を払うために家族から子供を送り出して、都会で稼いだぶんをその支払いに充てねばならなかった。だが、ここでは。少なくとも神々はそんなことは強制しない。彼らだけが私たちの昔ながらの生き方を肯定してくれたんだ。それがなんだ。国連軍?助けに来た?余計なおせっかいさ」

「ご不満ですか?」

「不満?それどころじゃあない。村を二分する混乱だよ。保守派と近代派の喧嘩だ。また船にエンジンをつけるべきか。昔ながらの暮らしとWi-Fiでインターネットにつながるのは両立するのか。そんな争いが始まるんだ。結論は決まってるだろうがな。みんな楽な方に流れる」

男は漁師だった。クジラを銛一本で仕留める命知らずたちの末裔なのだ。ここは遺伝子戦争期に連れてこられる以前からそうやって暮らしてきた、東南アジアをルーツに持つ人々の村落だった。今日。この、神々の惑星の赤道にやや近づいてきた地点まで、国連軍の手はようやく届いたのだった。少なくともこうして救助活動に先立つ説明と説得が行われ、それに希美のような戦場ジャーナリストが同道できる程度には。

ヘルメットを被り、防弾ベストを身に着け、報道関係者の腕章をつけた希美の前で男は語る。

「こちらに来て、苦労はしなかった。と?」

「そんなわけはあるかい。すべてが一から手探りだ。大変だったよ。石垣を積んだ。昔ながらの方法で舟を作った。昔みたいにクジラを捕れるようになるまで大勢死んだ。この世界に慣れるのもまた、大変だった。外を見てみろ」

促された希美が見たのは、屋根の外。ずっと向こうの海上に突き出している、何百メートルもありそうな朽ち果てた機械だった。それが宇宙都市の残骸であり、半径何百キロメートル。いや、それ以上の範囲の海や陸上に多数の破片が散らばっているのだということを、希美は知っていた。あまりに多すぎ、そして広範囲すぎるせいで国連軍もまだ詳しい調査ができていないほどだ。この村の人々を速やかに救助しようとしているのもそのせいはあるだろう。海辺には揚陸艦の上陸用舟艇が停泊しているし、村落中には兵士たちだけではなく、護衛に最新型の神格までついている。千人を超える人口を抱えたこの村落を丸ごと救助するのには十分だ。

「あなたはどうされるおつもりですか」

「みんなの考えに従うよ。他にどうしろっていうんだ」

男は舟から手を離すと、うなだれながらも立ち上がった。そのまま、家屋の方へと歩いていく。恐らく今のままなら、明朝には村人を揚陸艦に収容する作業が始まるだろう。現時点ではまだ、村人たちの一部が話し合っているとはいえ。

「何事にも一長一短はある。神々に従っている間は少なくとも、わたしらは仲間内でもめることはなかった。これからはもめ事が絶えなくなるだろう。しょうがない。別の長所がもめごとを埋め合わせてくれることを祈るよ。おやすみ、記者さん」

「ええ。おやすみなさい」

明朝。村民の収容作業が、国連軍によって開始された。




―――西暦二〇六一年。遺伝子戦争開戦から四十五年目の出来事。

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