個性的なラブコール
「あー!相火お兄様!そちらの方々はどなたですか!」
【東京都新宿区 喫茶店内】
相火はフォークを置くと、相手に目を向けた。
異形である。白い羽毛がびっしり生えた顔面は、目の周りなどところどころ赤のラインが入っていることもあって狐面を思わせる。側頭部から生えているのは翼のような形状の聴覚器官。後頭部からは長い黒髪が伸びているが、首から下はおおむね人間の女性と同じような体形に見えた。鳥の尾羽と狐の尻尾を混ぜたような尻尾がぴょこん。とスカートから覗いているくらいの違いだ。
どうみても知性強化動物である。半世紀前ならこんな姿の生き物が喫茶店内で仁王立ちしていたら大騒ぎになっていただろうが、今どき気にする人間はいない。ましてや防衛省市ヶ谷庁舎のすぐ近くである。先ほどの声が大きかったせいで、振り返る客が何人かいた程度だ。
顔見知りであった。
「なんだなんだ。そんな剣幕で」
「将来を約束した私というものがありながら!他の女性と一緒に!」
「いやいやいや。約束してないし。そもそもこのふたりを見てそういう反応になるか?」
相火は向かい側の席に座るふたりを見た。ぽかーんとしているのは、はやしもとフランである。どちらも食事を終えたら帰省するから私服だったが、外見は銀色の人型生物と十歳前後の女の子である。少なくともデートには見えまい。年末の休暇であった。この時期、訓練中の人類製神格はほぼ必ず休暇を貰える。
フランは相火と闖入者の間で視線を行ったり来たりさせながら、問いを発した。
「あのー。相火さん。こちらはどなたでしょう……?」
「ああ。こいつは"たいほう"。うちの八咫烏のひとりだよ。せっかくだから呼んだんだけども。
たいほう、こちらはフラン。神格で、僕の従妹だ。義理だけどね。そんでもってこっちは"はやしも"。君が想像してるような関係じゃあないぞ」
「……失礼いたしました」
ぺこり。と頭を下げる"たいほう"。荷物を置いた彼女は相火の隣に座ると、体をぎゅっと押し付けた。耳に相当する翼がぱたぱた。と動いている。結構大きい。広げれば顔を覆えるのではなかろうか。
ややあって、給仕ロボットが水を持ってきた。三角コーンをより高くして半ばあたりをくりぬき、台にしたらこういう形になるだろう。と言う形状の機械である。台の上にはたいほうの分の水が入ったコップ。上についたモニターあるいは音声入力で注文するのである。
たいほうがコップとお手拭きを取る間に口を開いたのははやしもだった。
「個性的、です?」
「疑問符をつけるまでもなくうちのラボで一番個性的だよ、こいつは」
はやしもの問いかけ?に苦笑しながら答える相火。実際この、体を押し付けてくる知性強化動物は知っている限りでは一番変だ。熱烈なラブコールを相火にしてくるのである。保育園児が保母さんに恋するようなものかもしれない。実際問題としてまだ二歳だ。いくら知能が高いと言っても。
「たいほう。僕はもっと人生経験を積んでから相手を選ぶべきだと思うぞ」
「相火お兄様じゃなきゃダメです!結婚しようって約束したじゃないですか!」
「約束はしてない。君がお願いしてきただけだ。僕はそれに、"大人になってからもう一度考えなおせ"って言ったはずだけどな」
「うう……相火お兄様のいじわる」
「だいたい僕のどこがいいんだ。僕程度の科学者なんてそれこそ幾らでもいるぞ」
「だってえ。相火お兄様が今まで会った中で一番の男性なんですもの」
「まだ君は二歳だろう。十年後、二十年後にはもっといろんな人と知り合っているはずだよ」
「―――それまで生きていられるか、わかりませんし」
たいほうの言葉に、場の空気が凍り付いた。
「先日の国連軍による大規模作戦。知っていますか?参加していた黄龍級がひとり、亡くなったそうです。私と同じ第四世代。幾ら眷属との性能が隔絶していても、死ぬときは死ぬんですよ?
ましてや、私の仮想敵は巡航艦です。条件次第では眷属なんかよりずっと強力な兵器です」
「……」
「戦って死ぬのが嫌なんじゃないんです。やりたいことをせずに後悔したくないだけで。相火お兄様。私じゃ……駄目ですか?」
相火を見つめる知性強化動物の目は、真剣そのものだった。
だから相火も、精一杯誠実に、答えた。
「たいほう。君のことは妹みたいに思ってる。それじゃあだめかい?」
「……相火お兄様のいじわる。でも、今日の所は許してあげます」
たいほうは相火から体を離すと、微笑んだ。見慣れていない相火以外の者には顔を歪めただけにしか見えなかったが。
やり取りを眺めていたフランが、この時点でようやく口を開いた。
「やっぱり血筋ですのねえ。もてるのは」
「?」
「いえ、燈火おじさまの血のつながった甥ですもの。相火さん」
「ああ。なるほどなあ」
相火は叔父とその家族構成を思い出した。あの一家は美女だらけである。世間一般の男からすれば垂涎の的であろう。
もっとも、叔父と立場を交換してやると言われれば絶対にノーと答えるだろう。彼が歩んできた苦難の道のりを歩みたいとはとても思えないし、付き従ってきた女性たちは別に都築燈火という人物にとってのトロフィーではない。自立したひとたちだ。
「相火お兄様の叔父様、どんな方なのか興味が湧いてきました」
「今度紹介するよ」
そうこうしているうちに、給仕ロボットがフルーツパフェを持ってきた。受け取ると、おいしそうに頬張るたいほう。この辺のしぐさは人間の女の子と大差ない。生物学的には両性具有であるが。
こうして、若者と三人の神格は年末の休暇を楽しんだ。
―――西暦二〇六〇年末。神々の宇宙艦隊が撃滅される二年前、第四世代型神格が実戦投入された年の出来事。
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