必要なのは休息
「私たちは帰還できると思うかい」
【
「ぅ……」
ひどい気怠さだった。
デメテルは、薄目を開けた。よく見えない。目が潤む。全身を包む鈍痛。何もする気が起きない。このまま再び寝込んでしまいそうな脱力感。寒さ。
それに終止符を打ったのは、掌を包み込む暖かさ。
身を起こす。
酷い有様だった。服はほとんど襤褸切れとなり、肉体は再生半ば。まともに動き回るのは不可能だろう。
そして、掌をぎゅっと握っている娘の姿が見えた。
ブリュンヒルデだった。
瞼をしっかりと閉じ、眠りに就いているように見える。
「―――これは一体」
茫然と呟くデメテル。戦いに敗れ、もはや死あるのみかと思っていたが。
周囲を見回す。
樹海の中だった。硝子の葉を備えた木々が生い茂り、空からは月光が降り注いでいる。
「……ぁ」
茫然としている間にも、ブリュンヒルデが身じろぎ。やがて目を見開いた。
「―――おはようございます。デメテル」
起きようとして失敗。ブリュンヒルデのダメージはデメテルのそれより重く見えた。この眷属が何かをやったのだろうか?
「何が起きた?あのままでは助かるまいと思ったが」
「そうですね。順を追って話しましょう。とは言え話すほどの内容もありませんが。
「私を連れてそれをしたと?」
「はい。その様子では大丈夫そうですね。安心しました。無事で何よりです」
「そうか。助けられたな。ありがとう」
「どういたしまして」
デメテルは感心するというよりはあきれた。国連軍が突入してきた時点で逃げる余地など全くなかったと思ったのだが。そもそも地下施設である。普通だったら不可能だろう。
「しかし。君は本当にあの質問を人類製神格にしたのか。"怖くないのか?"なんて」
「ええ。またとない機会だと思いましたので。結果的にはよかったのではないかと」
「あきれたよ。まあいい。結果オーライだ。
ところで私と奴が話したところは聞いていたかい」
「はて?意識がもうろうとしていたのでほとんど聞こえていませんでした。何かありましたか」
「いや。聞こえていないならいい。私が奴にした質問も似たようなものだ」
「そうでしたか」
納得したらしいブリュンヒルデ。どうやらあの時の会話内容は把握していないらしい。
「ま。何にせよ、一刻も早く場所をかえよう。敵が来たらどうにもならない」
「同感です。ですが、現状では身動きがとれません。我々に必要なのは休息です」
「……確かにな」
デメテルはひっくり返ると、ブリュンヒルデの傍に改めて寝転がる。回復が必要だった。
透明な枝葉の向こうでは、ぼやけながらも幾つもの月の輪郭が正体を現しつつある。故郷のそれとはあまりにも異なる姿。
「私たちは帰還できると思うかい」
「どうでしょう。敵がこちらを見つけないことを祈るしかありません」
相棒の返答を、デメテルは聞いてはいなかった。静かな寝息を立てていたからである。
それを認めたブリュンヒルデは苦笑すると、自らも瞼を閉じた。
―――西暦二〇六〇年十二月初旬。第六十七地下長期避難施設が制圧された日、ふたりが神々から解放される四年前の出来事。
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