黄龍
「人類に、勝利をもたらす。その一助となることはお約束できます」
【
湯気が、立っていた。
透明な葉を持つ立木。その枝葉から、急激に蒸気が漏れていたのである。それはたちまちのうちに激化し、縮れ、萎れ、そして限界を超えた一瞬で幹ごと炭化する。燃焼する暇すらなく。
一本だけではなかった。岩肌に伸びる樹木と言う樹木が、同じ憂き目に遭っていたのである。
それで、終わりではない。
巨大な岩山。その一点が、赤熱し始めた。それは急速に広がり、そして炭化した木々がついには燃え尽きた。ガスやチリと化して消滅したのである。
岩山の向こう側で巻き起こっているのは、暴風。嵐。噴火。いや、そのような言葉では例えようのない景色。それは、今まさに蒸発していく岩山の向こう側の成れの果てなのだ。
地獄のような光景であった。
赤熱はたちまちのうちに巨大になり、岩山の蒸発が目に見えて激しくなり、やがて。
最期に残った岩山の欠片がまるでバターのように溶け落ち、それすらも蒸気と化し、そして熱線が一直線に伸びた。
それは、岩山をはじめとする山々に守られた巨大な都市。ビルディングにも似た防御塔の林立するただなかを貫通したのである。
もちろん、このような威力に耐えられる建築物などこの世には存在しない。まき散らされた熱と衝撃波が凄まじい被害をさらに拡大していく。
恐るべきことに、これですらまだ、終わりではない。
熱線が横に振られた。ほんのわずか。
それだけで、射線上にあった防御塔群が消滅。反対に振られ、更に被害は拡大していく。
恐るべきエネルギーだった。それは、尽きる様子が全くない。
それもそのはずだった。熱線のエネルギー源は、太陽。広域に偏在する巨大な鏡によって集められた膨大な太陽光こそがその正体であったから。
熱線の源。遥か水平線上で、太陽光を反射する巨大な
"黄龍"級。現時点で二百五十二柱が建造され、実戦投入可能な年齢に達した十二柱。その中で、この戦いに四柱が投入されたうちの一柱であった。彼女は、ここから敵の基地までをぶち抜いたのだ。陽光の圧倒的な破壊力でもって、山々ごと。
最新鋭の、戦略級神格の威力だった。
神々の陣地を蹂躙する圧倒的破壊力。このままでは、地上施設は壊滅するだろう。そう思われた時。
防御塔群の上空に実体化したのは、巨大な怪物。二百メートルもの図体を備えた悪魔像が自己組織化によって完成する。それはある種の巨神であった。
陽光が真上に薙ぎ払われるよりも前に、悪魔像はその構成原子を励起。内に秘めた莫大なパワーを束ね、そして前方に向けた両の掌から、光速近くまで加速された重粒子という形で解き放つ。
投射されたビームの威力は、瞬間的には熱線すらも上回る水準に達した。
対する黄龍の反応はただ、目頭をわずかにゆがめただけ。
ビームが黄龍に命中する。そう見えた瞬間、進路を阻んだのは波紋。それを伴う
ビームは、ほんの一瞬で途切れた。
黄龍の反撃はただ、熱線が真上に向けて振られたのみ。それだけで悪魔像が蒸発する。あの種の超大型神格は鈍重なのが常だ。避けられようはずもなかった。
それすらも、フェイントだったとは。
悪魔像によって熱線の照準が防御塔群より逸れたほんの一瞬。わずかに溶け残ったビルディングへ隠れ潜んでいた狙撃手により、本命の一撃が投射された。悪魔像が観測した熱線の攻撃者目掛け、正確に。
無限に内側へと織り込まれた構造。物質が物質として成立しうる限界を超えた超・超高密度の物体が、光速の99・9999999…%もの速度で黄龍へと迫る。
人類はその物体を、マイクロブラックホールと呼んだ。
かつて中国大陸を破壊し尽くした禁断の一撃は、いかなる物体も貫通する。
それはある意味では正しかったが、ある意味では誤りであった。
何故ならば、幾重にも折り重なった
一拍置いて
多元宇宙より引き寄せられていた仮想的な質量。
致死の攻撃を完璧に防ぎ切った黄龍は、熱線をほんの少しだけ動かした。それだけで、狙撃手はビルディングごと消滅する。
もはや抵抗する者など残ってはいなかった。
黄龍の攻撃はさらに続けられ、防御塔群への道が開けて行くのに比例して破壊も拡大していく。
間もなく更地が完成するだろう。そう見えた段階で、黄龍は攻撃を終了した。もはや敵地の地上施設は完全に沈黙したが故である。わずかに残っているのは溶け残った防御塔の残骸や、あるいは金属の塊と化した様々な兵器の姿のみ。他は全て消え去った。たった今蒸発し終えたのだ。
残るは、地下の施設だけだった。
抵抗が沈黙したことを認めた国連軍。待機していた数十の艦艇、数百もの神格は、進撃を開始した。
―――西暦二〇六〇年十二月初旬。黄龍級が初めて実戦投入された日の出来事。
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