合理的な案
「うん?何に対して祈るのかって?そうだなあ。……地球の神に、手加減してくれって願うのがいいかな」
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途方もなく広大な地下空間だった。
直径十八キロメートルの球状。外殻は分厚い装甲で多重に覆われ、下半分は複雑な建造物。上半分は中空となり、地上を模した開放的な居住空間を提供している。様々な動植物をはじめとする生態系が移植され、内部には湖すら存在した。その下には様々な工業製品を生み出す各種の工場や先端技術の研究施設、食料生産プラントなどが存在し、この施設だけでも長期にわたり文明を維持できるほどだった。
神々の重要な軍事拠点の一つとして運用されているこの施設はしかし、実のところ軍事施設として生まれたものではない。元々は、人類とは別の災厄。超新星爆発に備えて生み出された巨大なシェルターのひとつだった。
「いやはや。あるのは知っていたが、現物を目の当たりにするとすさまじいな。よくもこんなバカでかい施設を作ったもんだ」
「神々も文明の存続がかかっていましたから。結局その試みも不完全な成功しか納めなかったわけですが」
モノレールの化け物のような巨大な機械に運ばれながら、デメテルとブリュンヒルデは下の空間に広がる作り物の湖畔を見ていた。天井部分から地上に向けて降下中のことである。周囲では武器を携えた神々や、共に運ばれていく軍事車両、ロボットの類の姿が見える。
「後退続きでこんなところまで追いやられてしまった。久しぶりにまともなベッドで眠れそうなのだけはありがたいがね」
「あまり気楽に構えてもいられません。我々のような増援が続々と到着しています。言い換えれば、増援が必要な状況と言うことです。ここの守備隊は元から非常に強力なもののはずですが」
「ま、核融合弾の十発や二十発なら平気で耐えるはずだが。国連軍が本腰を上げればその程度の火力で済むわけもない、か」
元が天文学的災害に備えたシェルターはその異常な強度と放射線遮蔽機能もあり、鉄壁の防御力を誇る。周辺に点在する防御施設との連携は密に取られているし、地表には無数の防御塔が設置され、レーザーやミサイル、レールガン等による対空迎撃網も完璧だ。生半可な攻撃ではビクともしないだろう。
生半可な攻撃では。
もちろん人類の攻撃はそんな程度では済むまい。
ここがもし陥落すれば大変なことになる。貯蔵されている膨大な軍需物資。各種情報通信指揮システム。超高度知能機械。神格までもを作り出すことのできる自動工場群。膨大な発電量。あまりにも貴重で重要な施設が丸ごと失われるのだ。国連軍は何としてでもこのシェルターを落とそうとするだろう。
そしておそらく、その試みは成功する。神々はこの八年間ずっと、毎日のように史上最悪の日を更新し続けてきたのだから。早いか遅いか程度の問題でしかない。
「ま、国連軍が攻め込んでくる日が一日でも遅いことを祈るよ」
「何に対して祈るのですか?」
「うん?そうだなあ。……地球の神に、手加減してくれってお願いするのがいいかな」
「なるほど。現状では最も合理的な案です」
十字を切るデメテルに、ブリュンヒルデは追随。
祈るべき神を持たぬ女たちを乗せ、モノレールはゆっくりと降下していった。
―――西暦二〇六〇年十一月。第六十七地下長期避難施設が陥落する十二日前の出来事。
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