郷愁

「生涯の大半を神々に奪われた。それ以上に、多くの生命を奪った。こんな化け物の私を、誰が許してくれよう?」


樹海の惑星グ=ラス南半球 星型要塞遺跡】


「やれやれ。建物の形が残ってて助かったよ。全く」

デメテルは、周囲を囲う石壁を見やった。

とうの昔に崩れ落ちた天井に代わって上を覆うのは樹木の枝葉。これは敵の巡航艦―――人類は宇宙戦艦と呼ぶ―――から姿を隠すのに大いに役立ってくれるだろう。国連軍が敗残兵狩りを行っている今ではなおさらだ。

そう。デメテルは敗残兵だった。もう何回目のことか数えていない。攻勢に失敗するとだいたいこうなる。敵地に取り残され、発見されないように生身で何百キロも踏破する事ももはや日常だ。この状態ではただの人間の歩兵ですら脅威となる。レーザー火器で狙撃されれば死は免れないし、そうでなくても本隊に連絡されればミサイルや人類製神格が飛んでくる。結果として道なき道を隠れて進むよりほかはない。すっかり野営もお手の物になってしまった。

「起きてるかい?」

「……ええ」

問いかけに答えたのはブリュンヒルデ。いつもと違い、この相棒には覇気がない。当然だろう。彼女は全身に重傷を負って寝かされていたから。

眼帯を当てられ、寝袋に包まって横になる彼女の姿は痛々しかった。

「……デメテル。何を?」

「なあに。ちょっと拾いものをいじってる」

デメテルが触っているのは弁当箱ほどの大きさでスピーカーとアンテナを備えた機械。やたら古いデザインのそれは、野営地をこしらえる際にデメテルが発見したものだった。昔住んでいた神々が残した遺物だろう。ここの遺跡はもともとは古めかしい―――原始的な大砲が主力だった時代の要塞だったようだが、時代遅れとなり、電波技術が発展したころもまだ。たくさんの神々が住んでいたのだろう。古い都市ではままあることだった。どうして神々がいなくなったのかは想像するしかないが、恐らく災厄絡みだと思われた。超新星爆発で放棄されたのだ。

機械を開く。中身は奇跡的に良好だった。朽ちている電池を掌の中で分解し、アスペクトを使って新品に再構築。はめ込む。

スイッチを入れると、機械は音を流し始めた。軽快な音楽だ。

「ラジオだよ。この周波数は人類の宣伝放送だな。今の流行りの曲らしい」

「……ふむ。そのような趣味が?」

「まあね。流している相手が誰だろうと、音楽に罪はないさ」

ラジオを窓枠跡に置くと、デメテルは腰かけた。どうせしばらくは動けない。少なくともブリュンヒルデが回復するまでは。周囲はかつて平原だった場所だ。穀倉地帯だったらしい。遺跡はそれを守るための星型要塞だ。一度は樹海に飲み込まれ、野火でその勢力が後退した後。この四十年あまりで地球由来の植物がかなり根付き、まだら模様のように平原と樹海。地球由来の森林のモザイクが出来上がっているが。移動するとなれば月のない夜、国連軍の宇宙戦艦が上空にいない時間帯にするべきだろう。

枝葉の隙間から見える夜空に走るのは流星。この八年ずっとそうだ。緒戦で人類に破壊された衛星の破片はまだ宇宙に多く残っている。軌道上の重力は太陽と月、その他惑星との相互関係で決まる複雑なものであり、安定していない。だから軌道上にとどまっている破片もその内に安定を失って星の外にはじき出されるかあるいは、落下してくる。それらが見えているのだ。

電気コンロを取り出す。井戸跡から汲んで来た水で満たされたやかんを乗せる。ろ過したから大丈夫だろう。たぶん。スイッチを入れる。湯が沸くのを待つ。

「新型、また出たな」

「…はい」

「どこまで戦線を維持できると思う?」

「……分かりません。敵の主力が新型に置き換わるまでまだ、時間がかかるでしょう……」

新型。以前フガク市で遭遇したあの銀の狼と、ふたりはまた遭遇したのだった。判明している情報ではキメラ級とかいうらしい。国連軍の最新鋭の神格だ。その恐ろしさについて、ふたりはよく知っていた。何しろ初戦では眷属が四十近くも斃されたのだ。あれ一体に。世界中の戦線で、キメラは目撃されている。いずれも多大な被害をもたらしたとの報告も。

そして、新型があれだけのはずがない。今までの傾向から見ても、人類は多種多様な神格を開発している。銀の狼以外にも強力な新型がこれから、続々と出現する。と考えておいた方がいいだろう。

「今のペースでやられていけば、いずれは眷属の材料にする人間がいなくなるだろうな」

「……ええ」

「そうなっても神々は戦いを続けられるのか?」

「……自棄になって自滅的攻撃を行うかもしれません。人類を道連れにするために」

「勘弁願いたいね。それは」

「……私たちには決定権はありません」

「そこが問題だな」

神々は恐れている。人類の復讐を。戦えば戦うほど人類の怒りを買うのを理解していても、手を止めれば皆殺しにされるかもしれない。その恐怖から戦いをやめられなくなっている。彼らはそれだけのことを人類に対して行った。

だが、もう勝ち目はほぼ、ない。人類の科学技術は既に神々を置き去りにしつつある。日進月歩で高性能化していくのは神格だけではない。火砲。艦艇。暗号通信機。電子戦車両。軍用糧食レーションに至るまで、ありとあらゆるものが進歩しているのだ。数年以内には門の技術もものにするだろうと言われている。今必死で行われている、門を閉じようという攻勢もそうなれば無意味だ。敵は好きな位置に新たな門を設置できるのだから。対する神々は門を新たに開くための安全な場所が存在しない。この惑星のどこに対してでも、人類は攻撃を仕掛けられる。

物思いにふけっていると湯が沸いた。インスタントコーヒーを取り出す。二人分カップに入れる。こういうものも遺伝子戦争で神々が得た戦利品だ。今やコーヒーは両勢力にとって欠かせない嗜好品となっている。

「ほら。飲めるかい」

「……助けていただけるとありがたいです」

無言でカップをブリュンヒルデの口下に運ぶ。わずかに口にした時点で、相棒はむせた。

「……面目ない」

「さ。もう休みたまえ。君が回復しないことには、我々はずっとここで野宿だ。私個人としては、しばらくここで休暇を過ごす。と言うのも悪くはないが」

「……」

「ブリュンヒルデ?」

気がつけば、相棒は眠りに就いていた。

その様子に苦笑するデメテル。この金髪の女神は、自らが眷属とされた時のことを思い出した。脳に幾つもの禁則を焼きつけられ、そして神格を組み込まれた日のことを。そして命じられるまま、目の前の相棒。その肉体である親友の少女が泣き叫ぶ中、無理やり神格を組み込む手伝いをさせられたことを。

あの日以来、神々がデメテルに強いて来たことの全てを、思い返す。沸きあがってきた感情の全てが、人類の抱いているものと同じだろう。

気がつけば、ラジオが奏でる曲は郷愁を誘うものとなっていた。

「故郷、か……」

もうそれはどこにも残っていない。土地はあるかもしれないが、半世紀近い断絶と戦争の傷跡が存在を許さないだろう。もし帰還が叶ったとして、誰がデメテルを迎えてくれる?何十万、何百万人もこの手で殺してきた、化け物が。

戦って果てるしか、己には許されないように思われた。

陰鬱な気分になったデメテルは、ラジオの電源を落とすと自らもまた、寝袋に潜り込んだ。




―――西暦二〇六〇年。黄龍級神格が実戦投入される二か月前、ふたりの少女が国連軍に救助される四年前の出来事。

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