眠れる龍

「ただいま。……ありゃ」


【台湾 台北市】


帰宅したジョン・ミラーは怪訝な顔をした。玄関に見慣れない靴が並んでいたからである。来客だろうか。妻の靴もきれいに並べてあるから、他人が勝手に入ってきたということはあるまい。

ひとまず奥に入ると、窓際。ベランダから差し込む陽光の下で、妻が。サラ・チェンが、座っていた。来客に対して膝枕をしながら。

の姿を観察する。四肢があり、カジュアルな服装をしている。シルエットだけなら人間が縮こまっているように見えるが、露出している部分からは明らかに非人間的な特徴が見て取れた。

全身を覆う碧の鱗。トカゲに近いが平たく、人間的特徴を兼ね備えた顔。髪はもたず代わりに2本の枝分かれした角が生えている。太く長い尻尾。そんな生き物が目をつむり、すやすやと眠っていたのだった。

夫の帰宅に気が付いたサラ・チェンは、こちらに振り返ると静かにするようジェスチャー。

ジョンは、その通りにした。自然と声が小さくなる。

「どうしたんだい」

「さっきまで泣いていたの。戦場に行きたくないって」

妻の言葉に、ジョンはようやく来客が何者か合点がいった。人類製第四世代型神格"黄龍"級。もうすぐ実戦投入される初期ロットのひとりだろう。

人間であるジョンは愚か、神格であるサラすらも凌駕するほどの戦闘力を持った超生命体は、静かに寝息を立てていた。

「先日、"キメラ"が重体になったでしょう。それで不安になったんでしょうね。自分も死ぬかもしれない。って。誰にも話せなかったみたい。それで私のところに」

「そういえば、この子もまだ三歳か。僕たちも酷な事をしている」

「ええ。そんな子供に、この地台湾島を破壊し尽くせるほどの力を与えて戦場に放り出そうとしている。私は地獄に落ちるでしょうね。この命に終わりがあるのであれば、だけれど」

サラの言葉に、ジョンは頭を振った。

「君の責任じゃあない。人類みんなで背負うべき問題だよ、これは。気に病み過ぎるのはよくないぞ」

「ありがとう、あなた。そう言ってくれると気が楽になるわ」

四十年間変わることのなかった少女の顔立ちで、サラは微笑んだ。

「で、どうする。軍の方には僕から連絡しておこうか」

「お願い。この態勢では動けないし」

妻に頷くと、ジョンは今言ったことを実現するべくスマートフォンを取り出した。

すやすやと眠る黄龍を一瞥すると、ジョン・ミラーは眠りの妨げにならぬよう、部屋から出て行った。




―――西暦二〇六〇年。人類製第四世代型神格が実戦投入された年の出来事。

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