寝覚めは大事

「ま、いいや。何にせよ君は生き延びなきゃ駄目だぞ。そうでなきゃ私の寝覚めが悪い」


【日本国 硫黄島航空基地】


天を、飛行機雲が割いていった。

幾つものそれを作り出しているのは、よく見れば航空機ではない。それは機械のように見えたが、人類が今まで作り出したいかなる装置とも異なるシルエットをしていたのである。

それは蟲だった。頭部があり、胴体と下半身が備わり、半透明な翼を持ち、そして機械を模した構造を備えた昆虫が、基地の上空を飛翔しているのである。

その名を"蠅の王ベルゼブブ"と言った。

「昔は無脊椎動物に巨神を制御させるなんて夢だったんだけども」

フランはその言葉に振り返った。

施設の屋上に立っていたのは迷彩服を着込んだ獣人である。柴犬にどこか似た姿の彼女は九尾級のちょうかいと言うことをフランは知っていた。

「さて。短い訓練だったけど、何か得たものはあった?フランソワーズ・ベルッチ・都築」

「ありましたわ。たくさん。お世話になりました、ちょうかいさん」

「いいってことよ。都築の名を持ってる君を世話するのは私たちの役目みたいなもんだから」

フランはここしばらく参加した、自衛隊の訓練。蠅の王のためのものを思い返した。ちょうどフランが防衛医科大学校に入学したのと同じ年に、蠅の王は完成したのである。もちろん、はやしもも。その訓練の一部にフランが呼ばれたのは神格を持っていたからだった。現在の国連軍では眷属に用いられている標準型神格は戦力として投入されることがまずないが、自衛隊で医官を目指す以上は戦闘に巻き込まれる可能性が存在する。そうした時のための共同活動をする訓練の一環として、蠅の王の初期訓練にフランは参加していたのだった。

「ちょうかいさんは、うちのおじさま……都築燈火のお父様と親しかったんですの?」

「親しいなんてもんじゃあないよ。私たち十二人を作ったひとだもん。最初の二年は特に毎日顔を合わせてたかな」

「毎日……ですか」

「そ。毎日。防衛医科大学校。今は新しい建物になってるけど、建て替える前のそこの真ん前に立ってる官舎に都築博士、暮らしててね。私たちにとっては父親みたいなもんよ。だから門が開いてそれを実行した人の名前が"都築"だって知ったとき、酷く驚いたのを覚えてる。門の施設のらくがきを見た時、ああこりゃああの人の息子に違いないな。って思ったもん。同姓同名の別人とかじゃあなく」

「燈火おじさまは破天荒な人ですから」

「分かる。都築博士もそうだった。そういう意味では刀祢くんより父親似かもしれない。けど三人に共通する部分もある。みんなクソ真面目」

「あー。わかりますわ」

フランは、養父の"クソ真面目"と評される気質の部分を思い返してクスリ。と笑った。この八年、実の父に代わってきちんとフランの父親役を務めてきた彼を。

「フランソワーズ。破天荒でクソ真面目と言う意味じゃあ君も相当なもんだと思うけどね。何しろ門の向こうに戻ろうとしている。血のつながりはなくても、やっぱ十年近くも一緒にいたら似てくるのかね?」

「どうでしょう?私としてはそんなつもりはこれっぽっちもないのですけれど」

「ま、いいや。何にせよ君は生き延びなきゃ駄目だぞ。そうでなきゃ私の寝覚めが悪い」

「ね、寝覚めですか……」

ちょうかいの言にフランは目を白黒。

「大事なことだよ。

じゃあ、帰りな。本土で勉強することがたくさんあるだろう?」

「はい。ありがとうございました」




―――西暦二〇六〇年。フランソワーズ・ベルッチが防衛医科大学校に入った年。樹海大戦がはじまってから八年目の出来事。

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