先へ先へ

「手酷くやられたそうじゃないか。こちらの耳にも入ってきたよ」


【イタリア共和国ラツィオ州ローマ】


相手の言に、ゴールドマンは深く頷いた。

ホテルのラウンジでのことである。対面のソファに腰かけているのはテオドール。この屈強な肉体に髭を生やした紳士は、初めて知り合った時から全く時を経たようには見えない。ゴールドマンと同じだけの時を経て来たというのに。

「君の作ったキメラは初陣で、推定眷属三十八柱を撃破。凄まじい戦果だ。まさしく新世代と言っていい。その戦闘の最後に撃破され、重傷を負ったのが惜しいところだ」

「ええ。生存性には気を配ったつもりだったんですが。今はナポリで治療中です。後一週間もすれば起きられるようになるでしょう」

「生命力も折り紙付きのようだ。技術の進歩はすさまじいな。遺伝子戦争はついこの間のことのようにも思えるのだが。神格をコピーするのにも四苦八苦していた人類が、今や神々をテクノロジーで圧倒しはじめるとは」

「同感です。四十年前のこととはとても思えない。だが僕は歳をとったし、あなたはドイツの国防副大臣だ」

テオドールは、深く頷いた。紅茶をとり、口に含む。ラウンジには目立たないが警護の者が何人もいた。今や二人とも、地球にとって重要な位置を占める人間となったという証。

「近いうちに他の第四世代型も実戦投入できる年齢に達する。ヘカトンケイル。黄龍おうりゅう。八咫烏。蠅の王ベルゼブブ。その他様々な神格が。

神々がこれらへの対抗手段を生み出す確率はどれくらいだと思う?」

「今までの傾向を見るに、彼らは知性強化動物の実用化には失敗したと考えていいだろうと思います。何らかの形で成功しているのであれば、その情報はこちらに必ず漏れているはずだ。全世界規模での協力がなければ、知性強化動物を育てるのは不可能です」

「分かるよ。テレビをつければ毎日のように知性強化動物に関するニュースをやっている。どこどこの子供たちが運動会に参加した。洗礼を受けた。誕生日を迎えた。幾らでも情報がある。調べるのはたやすい。神々が同様のことをしていれば我々もそれを簡単に知ることができるだろう」

だが、と髭の紳士は続ける。

「神々も必死だ。彼らは知っただろう。キメラは確かに強力だが、それでも撃破する術はあると。次は戦術を練ってくる。今までがそうだったように。キメラの優位性はこれからも続くだろうが、最初ほどのインパクトは望めまい。知性強化動物によらない何らかの対抗手段を考え付く可能性もある」

「ええ。キメラは結局のところ、現在の。いえ、四年前の時点での技術の集大成ではありますが、それ以上のものではない。同等の水準の兵器があれば破壊すること自体は可能です。困難であるにしても。その辺はテオドール。あなたの方が詳しいはずだ」

「ああ。そして、そうならないようにどう運用するのかを考えるのは、科学者ではなく軍人の仕事だな。とはいえ、乱戦で完璧を求めるのは難しい。今回のような状況では特に」

「理解できます」

「人類が優位でい続けるためには、技術で常に先を行っている必要がある。今日私がローマに来たのもそのためだ」

「と、言うことはテオドール。今回の来訪は知性強化動物関連の技術に関係することですか」

「その通り。我が国と貴国での技術協力をより強固なものにするための提案をしに来た。今日はその下準備だな。だからそちらの政府に頼んで、君を寄こして貰った。ドイツとイタリアだけの話じゃあない。スペイン。フランス。オランダ。その他幾つもの国。最終的にはEU全土を巻き込んだ話になるだろうな。速やかに次を。第五世代を生み出すための協力関係だ」

「気が早いな。第四世代がようやく実戦投入されたばかりだというのに」

「だがこういうものは早ければ早いほどいい。第五世代が生まれてもどうせ、すぐに実戦投入はできない。それに、キメラが二歳になり、巨神を動かせるようになった時点でその辺に備えたデータ取りは始まっている。そうじゃないかね?」

「確かに」

ゴールドマンは、カップを取ると紅茶を口に含んだ。美味い。高級な茶葉を使っているようだった。さすが、閣僚クラスが泊まるのに相応しい格のホテルだけのことはある。

「四十年前。人類は神話を手に入れた。外敵に対し、一致団結して戦い抜いたという神話だ。それがあってこそ、遺伝子戦争後の奇蹟的な復興と発展。そして知性強化動物の実用化と進歩があったと言っていい。私はそう考えている。それは今でも人類を突き動かし、神々との戦いを支える原動力となっている。

だから、今度の協力関係もうまくいくだろう。私はそれを期待している」

告げると、テオドールは残った紅茶を口へと運んだ。




―――西暦二〇六〇年。EUが新型神格の共同開発を開始した年の出来事。

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