雪解け

「―――今回もなんとか、生き延びたか」


樹海の惑星グ=ラス南半球 フガク市東南東湿地帯】


先ほどまでの悪天候が嘘のような、青空だった。

陽光の下、アンディは戦車のハッチより顔を出した。周囲は白一色の雪原。もはやその下に何が埋もれているか分からなくなっているが、恐らくあっという間に雪解けを迎えるだろう。吹雪を引き起こしていた眷属どもは死んだかあるいは撤退したであろうから。

それでも、ヒントは目の前にあった。遮蔽物としていたコンクリートの塊は故郷のものとは意匠が異なってこそいたが、その用途は一目瞭然だったからである。

水門。貯水池の水を逃がす構造の陰で戦っていたのだと、アンディはこの時初めて知った。

周囲ではいまだ炎上を続けている戦闘車両や破壊された地形、倉庫などの姿が散見される。動く者はほとんどないが、数少ない例外は遮蔽に身を隠していた味方の兵士や車両などである。敵の姿はもう見えなかった。撃退できたのだろう。

今回も何とか生き延びたことに、アンディは安堵した。この戦争における死者は規模の割には少ないが、それでも死ぬときはあっさり死ぬのだ。眷属が出てくるような大規模戦闘では特に。

西に目を向ける。凍てついた河川上では味方神格群が神々の軍勢を迎え撃っていたはずだ。あちらも片付いたのだろう。今回の戦いも人類が勝利を得たのだ。

そう思うと、すがすがしい気分だった。

と。そこで無線機から通信。部隊の集合を命じるものだった。

命令を復唱すると、それを実行に移すべく、アンディは車内に戻った。


  ◇


いまだ戦場のような有様だった。

フガク市の一角。そこに設けられた野戦病院は、戦いの終わった今こそフル稼働状態だった。暴風雪が収まり、負傷者を運び込める条件がようやく整ったからである。

野戦病院と言っても高度な設備だった。市街地の大きな建物を徴発して機材を運び込んだ場所では軽傷の者から瀕死の重傷の者までが様々な治療を受けていたのである。

中でも。

野戦病院の一角。建物の前に置かれた医療コンテナの中では、巨大な円筒形の装置が今、開かれるところだった。その横には担架で運ばれてきた知性強化動物の姿。基本は人型に見えたが、その大きさは人間の半分ほどしかない。頭部は辛うじて残っていたが、全身が千切れ、破壊され、体の大部分が損なわれていたからである。

アミアータだった。

神格でなければ死亡と判定されていただろう彼女は、円筒。生命維持ポッドの中に移された。即座にカバーが閉じ、内部に液体が充填されていく。これは治療というよりは、症状の悪化を阻止するための装置だった。やがて内部が溶液で満たされたのが確認されると、あとの処置は機械に委ねられた。

初陣で恐るべき破壊力を示した人類製神格は、装置の中で深い眠りに就いた。




―――西暦二〇六〇年。キメラ級が初めて実戦投入された日、樹海大戦がはじまって八年目の出来事。

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