イチョウの周期
「そうだな。ここにイチョウを植えたのは、それが一年周期で目まぐるしく姿を変えるからだ」
【イタリア共和国カンパニア州ナポリ ナポリ海軍基地】
地面を埋め尽くしそうな量の木の実だった。
尻尾の生えた子供たちが拾っては籠に入れているのはいわゆる
「しっぽふんじゃだめえ」「ふええ」「あいたっ」
銀杏拾いに没頭している子供たちは注意もそぞろだ。この辺は人間の子供とさほど変わらない。などと考えながら、マルモラーダは妹たちの作業を監督していた。昔自分たちもやっていた行事である。
「ねえねえマルモラーダおねえちゃん。たくさんとれたー」「とれたー」「とれたー」
「はいはい。みんなして言わなくても聞こえてるわよ」
尻尾を振りながら戦果を見せつけてくる妹たちに、マルモラーダは苦笑した。こんなにたくさんとっても、残念ながら食べられるのはごく一部だけで、しかもかなり先だ。食べられるようになるまで時間がかかるし、しかもたくさん食べると食中毒の危険がある。調理スタッフが注意深く食べられるようにするのだが、マルモラーダの時は茶碗蒸しの中に一粒入っていただけだった。これならサリーナ島の農園でケッパー摘みをする方がずっと楽しいというのがマルモラーダ個人の感想である。
などと思っていると。
「銀杏はとれたかい」
振り返るとそこに立っていたのは銀髪に眼鏡をかけた初老の男だった。ゴールドマンである。子供たちは今度はそちらへわらわら。と集まると、口々にまくしたてながら戦果を誇示した。
子供たちの頭をなでてやりながら、ゴールドマンは微笑んだ。
「よし。たくさんとれたな。じゃあそれをしまっておいで」
「「はーい」」
子供たちはわらわらと、中庭の隅に待機しているスタッフたちの方へ走っていく。
それを見送ったゴールドマンは、マルモラーダの傍まで来るとイチョウの木を見上げた。
「子供たちは元気なようだ。安心したよ」
「元気すぎて大変だわ。あんなに興奮するんだもの。
ねえゴールドマンおじいちゃん」
「なんだい」
「どうしてここにはイチョウを植えたの?」
「ああ。これか。そうだな。まあ最大の理由はなんとなく。だが。強いて言うなら……これが一年のサイクルで目覚ましく変化するからだ」
「イチョウが?」
「ああ。君たちは二年で大人になる。あっという間だ。だから同じ周期で変化が目に見えるものを用意しようと思った。一年でイチョウは目まぐるしく変わる。春には前年に蓄えたエネルギーを投じて若葉が育つ。夏の間青々と茂った葉は消費した以上のエネルギーを作る。冬になれば機能不全になり、捨てられる。春になればこのサイクルが再び始まる。二巡でちょうど君たちと合うわけだ。
見てごらん」
ゴールドマンが指したのは、落葉したイチョウの葉に覆われた、地面。
「十一月が一番の見ごろだな。黄色くなった葉が地面を覆い尽くしている。イチョウの木はたった一本で庭という庭の姿を変えてしまうんだ。この性質のおかげで、今じゃあ世界中でイチョウは植えられている。人間が好んだからだ」
「わたしたちみたい」
「そうだな。知性強化動物は人間に好かれるようデザインされている。イチョウは意図してそうデザインされたわけじゃあないが、しかしその姿形が好ましく思われていたのは確かだ。さもなくば絶滅していただろうな」
ここで、ゴールドマンはイチョウの幹に手を置いた。
「イチョウの生殖は非効率的だ。雄の樹と雌の樹が出会うのはそれだけで手間だからな。そのせいで一時、絶滅寸前にまで行った。けれど持ち直した。街路樹として。農作物として。木材として。様々な性質が注目されて。人間と共に繁栄してきた種なんだよ。
とまあ、この樹がここに植わっているのはそれが理由だ。ああ、あと一つ。
イチョウという種は二億年という、長い時を生きて来た。千年後もイチョウはどこかで繁栄しているはずだ。君たちが長く生きるのと同様に。これも理由だな」
「なるほどね。考えてるんだ」
「まあ、最初に言った通りだ。なんとなくというのが一番大きいけどね」
ふたりは、イチョウを見上げた。すっかり色づいたその葉は美しい。だがその姿も間もなく見られなくなるだろう。もうすぐ冬も本番になる。そのころには葉は全て失われているだろうから。
「さ。マルモラーダ。みんなが待ってる。行ってやってくれ」
「うん」
頷いた知性強化動物は、妹たちの方へと向かっていった。
ゴールドマンは、その背を見送っていた。
―――西暦二〇五九年十一月。キメラ級が実戦投入される四カ月前、人類製第五世代型神格が誕生する四年前の出来事。
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