最悪の更新記録

「最悪だな。ここが落ちればえらいことになるぞ。まあこの七年、神々は最悪を毎日のように更新し続けて来たわけだが」


樹海の惑星グ=ラス南半球 フガク市】


「……テル。デメテル。起きてください」

「…ぅぅん…ヒルデ……もう少し寝かせてくれ……」

「そうもいきません。敵襲です」

デメテルは跳ね起きた。

薄暗い室内。簡素なベッド。最低限の調度。そして、相棒である黒髪の少女の顔。起き上がる。靴を履く。椅子にかけてあった上着を羽織る。外から聞こえてくるのは警報音だ。何故気づかなかったのか。よほど疲れていたのだろう。

窓から顔を出した両名は、既に市内の各所から煙が立ち上っていることに気が付いた。

「―――大ごとだぞこいつは」

「通信も錯綜しています。相当数の戦力が既に市内に侵入しているかと」

「最悪だな。ここが落ちればえらいことになるぞ。まあこの七年、神々は最悪を毎日のように更新し続けて来たわけだが」

その時だった。室内の電話が鳴り始めたのは。通信妨害対策に電話線を引いた古めかしい代物である。本部からのそれを取ったブリュンヒルデは、二、三返答するとデメテルに頷いた。

「行きましょう」


  ◇


フガク市は大河に面した都市である。神々の歴史書においても極めて古くからその名が確認できるこの土地が面しているのは、幅八十七キロもの河川だ。水運の中継地として発展した古都は巨大な空港も備え、遺伝子戦争期には軍需品の集積地として。近年では環境回復事業の拠点として主に研究者や技術者、その家族が住まう場所として存在感を示してきた。

そして現在。地球人類との戦いが激化する中この大都市は、神格四十八柱、戦闘車両及び航空機、ロボット兵器を多数配備した強大な軍事拠点として重要度を増している。そのはずであったが。

異変は、都市の南側。空港で起こった。

「―――?」

誘導を行っていた鳥相の作業員は怪訝そうな表情を浮かべた。夜空がわずかに揺らいで見えたからである。間もなく星空が退き、朝日が昇る時間。

見間違いではなかったことはすぐに証明された。

突如したのは百メートル近くもある、巨大な獣。四足歩行をしたそいつは地球の猫に似た形状だが、それが猫ではないことを兵士は知っていた。あれは―――地球軍の神格だ!!

瞬間移動テレポートで突如出現した巨体は空中より。地響きを立てて着地すると、その場に

直後。

そいつの。人類製第三世代型神格"チェシャ猫"の背中にまたがっていた巨体がと、その両腕をではないか。ビルディングのごとき巨体が手にしているのは光輝く火球。

それは、まっすぐに投じられた。今まさに作業員が誘導していた、気圏戦闘機に対して。

何かする暇などなかった。まともに攻撃を受け、ごっそりと中央部が消滅する機体。一拍置いて支えを失った残りの部分が倒れる。あの様子ではパイロットは生き残るまい。

作業員に出来たのはその場に伏せることだけ。頭上を強烈な爆風が吹き抜けていく。

それで終わりではなかった。地に伏せたチェシャ猫。その脇腹が波紋を広げた。かと思えば、そこから飛び出してきたのは砲を備え、重装甲で鎧われ、強力な履帯を足回りとする戦闘兵器。戦車が何台、いや十数台も出現したのである。更には同じくらい多数の歩兵戦闘車両も。あのは軍勢を運んできたのだ!!

最悪な事に、猫は一匹だけではなかった。二匹。三匹。次々に現れた人類製神格どもは、最終的に四匹にも及んだのである。もちろんそれらは一匹目同様、背に別の神格と、腹からは陸戦部隊を吐き出している。

この段階でようやく、空港の警備隊が動き出した。駆けつけた戦闘車両が応戦を開始したのである。

最初に火球を投じた神格の黄金色をした体躯に、幾つもの爆発が生じた。されど目立った損傷はない。。巨大すぎて遠近感が狂う。そいつが指を向けると、次の瞬間。戦闘車両が宙に浮かび上がり、ひっくり返った。分子運動制御の威力だろう。全く歯が立たない。

砲が、火球が、鋲が、その他ありとあらゆる人類の攻撃が飛び交い、戦闘車両が吹き飛び、格納庫が破壊され、兵士や作業員が逃げ回る地獄絵図が展開された。

されどそれもたちまちのうちに収まる。破壊するものがなくなったからだ。

敵を一掃した黄金の巨神たちは―――艶やかな毛並みを持つ猿人を象った彫像の姿を持つ"斉天大聖"たちは、作業員を前進。市街地へ向かっていく。戦車や歩兵戦闘車も一部を残して整然と、市内への進撃を開始した。

伏せたままの作業員は、茫然と一部始終を見ているしかなかった。


  ◇


神話のごとき光景だった。

立ち並ぶ摩天楼。その合間で身構えているのは色も姿も様々な、一万トンの巨像たち。兜や仮面で深く顔を隠し、素材も様々な神像が何柱も、建造物を防御陣地としながら神々の敵を待ち受けているのである。

市街の各所からは噴煙と共に対空ミサイルが幾つも発射されている。遠方より投射されてくるミサイルや航空兵器、神格に対する防御は今のところ正常に機能しているようだ。とは言え緒戦で空港を押さえられたのは非常に痛い。沖合でも現在、敵艦隊との戦闘が開始されたという。その支援をするべき基地航空隊が既に機能を停止していることを示していたから。

もっとも、阻止することはできなかった。人類製神格のみが現在、惑星上での瞬間移動による長距離攻撃を実現している。惑星全土が人類の手に落ちていないのは、単に国連軍の戦力も有限だからに過ぎない。

防御配置についている神格の一柱。薄片鎧ラメラーアーマーと兜で身を守った眷属"アダド"は、データリンクを再確認した。市内各所から得られた情報は統合され、眷属たちにも提供されている。こちらに向かっている戦力は人類製神格四柱、戦車多数も後に続いているらしい。厄介だった。こちらの戦車や砲は人類製神格に対してほとんど通用しない。眷属には通用する通常兵器は、認識能力とそれに伴う防御性能の向上に成功した人類製神格の耐久力を上回ることができないのだ。事実上、こちらは眷属だけで敵神格を撃破する必要があった。

敵が接近してくる。ステルスを最大。相手はまだこちらに気が付いていない。出会い頭に一撃を加えてやる。

棍棒を振りかぶったアダドは、ビルの陰より躍り出た。眼前には黄金色の巨大な人型兵器の姿。ビルディングに匹敵するそ奴へ棍棒を振り下ろす。

強烈な攻撃は、驚くほどはっきりと敵神を砕いた。あまりの手ごたえのなさに拍子抜けするほど。いや。手ごたえがないのは道理だ。こいつは―――中身が空っぽの風船だ!

気付いた時には手遅れだった。足元へといた斉天大聖。平面化していたその巨体が、全身より針を伸ばしたから。

「―――!?」

アダドの全身は、いともたやすく貫通された。


  ◇


「かなりやられてるぞ、これは」

デメテルは周囲を警戒しながら呟いた。

データリンクから消滅した味方の反応は既に多数にのぼる。第一次防衛ラインを突破されデメテルたちの担当する第二次防衛ラインへ接触するのも時間の問題だ。

進出してくる敵の意図は分かる。本隊が来るまでの時間稼ぎだろう。遮蔽物のない空港よりはビルディングの多い市街の方が戦いを長引かせるには好都合だ。実際海中から幾つもの反応が検出されているらしい。恐らく空中からも来るだろう。時間との勝負だった。

警戒しつつゆっくりと後退する。隣にはブリュンヒルデの赤い神像。視界の隅、ビルディングの向こうにはもう何柱かの味方の眷属の姿が見える。

「―――?」

何か違和感。まて。あんな所にビルがあったか?

疑問が膨らむ前に、答えが出た。

味方の眷属のちょうど真後ろ。そこに立っていたビルディングがと、その形状を音もなく変化させつつあった。それも恐ろしく早く。

警告する暇はなかった。ビルディングが生じた腕は、虚空から剣をと、哀れな眷属を真後ろから両断したのである。

砕け散っていく巨体。

「―――!?」

即座に掌を向けると攻撃。デメテルのに格納されていた対神格ミサイルが投射され、ビルディングに命中する事なく飛び去って行く。敵神は平面化して躱すと姿を消したのである。

―――どこだ。どこからくる!?

「下です!」

ブリュンヒルデの警告に一拍遅れ、地面がした。地下の配管を通ってきたのだ、こいつは!!

後退しつつ槍にも似た得物―――戟を。振り下ろす。

攻撃は、棍によって受け止められた。そのまま敵神の形態がはっきりと構築されていく。

艶やかな毛並みを持つ猿人の彫像。額に環がはまり、棍を構え、派手な装束を身にまとい、そして京劇を思わせる仮面を側頭部につけた、一万トンの巨像だった。

ブリュンヒルデが真横から剣を突き込んだ。通常ならこれで終わりだったろう。されどそうはならなかった。黄金色の斉天大聖は、思いもよらない形で攻撃を回避したから。

胸部に穴が開いた。剣が命中するより先に、自主的に穴をあけたのである。空振りするブリュンヒルデの剣。

斉天大聖は、そのまま逃げようとするが。

「逃がすか!」

デメテルが。ブリュンヒルデがそれぞれ己の得物を振り下ろす。突く。敵を滅ぼそうと技巧の限りを尽くす。

立て続けの攻撃に、斉天大聖はとうとう回避しそこなった。肩口に戟が食い込んだのである。

そこへ、剣が突き込まれた。浅い。そこへブリュンヒルデ。

「―――おおおおおお!」

ひび割れは大きくなり、やがて。限界に達した。そう思われた時。

「―――!?」

眷属たちの視界を焼いたのは、斉天大聖の向こう。遥かな大河の向こうに広がる水平線。そこを昇ってきた朝日であった。

生じた隙に、命からがら後退していく猿神。

「―――しまった」

後悔してももう遅い。

それだけではなかった。ふたりの視界に入ったのは、太陽を背にする幾つもの編隊。

敵の増援だった。

「……この戦、負けだな」

「ええ。とは言え時間を稼がなければ。撤退のための」

「やれやれ。また貧乏くじか」

また命をすり減らす戦いが始まる。

デメテルは、天を仰いだ。




―――西暦二〇五九年、九月。フガク市が陥落した月、ブリュンヒルデとデメテルが決別する五年前の出来事。

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