恨みを買う仕事

「でてけ!おとーちゃんを返せ!!」


樹海の惑星グ=ラス南半球 渓谷地帯陣地】


深い渓谷であった。

照り付ける太陽の熱気は留まるところを知らない。されどそれをはねのける街路樹。そして険しい斜面に沿って設けられた用水路がもたらす涼によって柔らげられていた。緑豊かな土地と言えた。

美しい風景。されどそこには異物があった。谷底には何機もの巨大で無骨な航空機が並んでいたし、整然と配置されているのは箱型の車両が多数。木々の合間で憩っているのは戦衣をまとい鳥相やあるいはヒトの顔に染色された眼球を備えた兵士たちである。

宿営地だった。

ここに集った神々の軍勢はどこか疲れ切った様子である。無理もなかった。敗退続きでここまで後退してきたのだ。

そんな彼らの様子を横目に、デメテルは用水路のそばでしゃがみ込むと、水筒を突っ込んだ。ゆっくりと斜面横の道路沿いに設置されたこの設備を流れる水は清浄だ。

やがて水筒が満たされると、水を一口。

うまかった。生き返るような気がした。

「やれやれ。やっと一息つけた気がするよ」

「休む暇もなかったですからね」

相槌を打ったのは黒髪の眷属。相棒であるブリュンヒルデもデメテル同様、水筒を用水路に突っ込んでいた。

「まあすぐに休む暇もなくなるだろうがね。陣地構築で忙しくなる」

「乗り気ではなさそうですね」

「そりゃそうだ。幾ら気合を入れて陣地を作っても、国連軍がその気ならあっという間に奪われてしまうからな。技術力ではもう、彼らは何十年も先を行っている」

「彼らもすぐには攻めて来ないとは思いますが」

「そりゃそうだ。国連軍の戦力も有限だからな。彼らは勝ち続けているが、それゆえに支配地域が増えすぎて前進が止まりつつある。我々は敵から無視されているわけだ」

谷間を見回す。民家が複数。畑も広がっている。居住する人間たちのものだろう。ここは人間の居留地なのだ。

国連軍はいずれ、彼らのことも助けるのだろう。そう思うと、ほんの少しだけ嫉妬心が芽生えた。デメテルに残された人間の部分は、自由になることを願っていたから。

もっとも、そんな願いが叶うはずもなかった。いずれ戦いの中で磨り潰されていくに違いない。デメテルとブリュンヒルデのような経験豊富な古参兵でも戦場で生き延びるのは難しかった。

物思いにふけっていると。

「?」

ほとんど反射で掴み取っていたのは、飛来した石。なんじゃこりゃ?と疑問符を浮かべる暇もなく、二発目がきた。罵声と共に。

「でてけ!おとーちゃんを返せ!!」

振り返ってみれば、木々の合間から小石を投げつけて来たのは粗末な服装をしたヒトの子供である。なんとまあ無謀な。地元民だろうか?

面倒になり、手をひとふり。分子運動制御で子供を転がす。

「気が変わらないうちに消えてくれないか」

やりきれない気分だった。どうやら、あの子の父親は連れていかれたらしい。神格の素材としてか代用の肉体としてか。奪ったのは神々であってデメテルではない。デメテルは使い走り。いや、単なる道具に過ぎないのだから。どちらかと言えば子供の父親と同じ立場である。

大地に倒れ伏し、こちらを恨みがましく睨みつけてくる子供。次なるリアクションにデメテルが出る前に、新しい闖入者が現れた。

「お……お許しください!どうか、どうか!」

木々の合間より現れて子供を庇ったのは若い娘であった。母親だろうか。ブリュンヒルデと顔を見合わせたデメテルは、大儀そうに命じた。

「ああ。さっさと行ってくれ。私は処罰を求めてはいない。そこから消えてくれれば何もしない」

平服していた娘はその言葉を聞くや否や、子供を抱えて下がっていった。

「……やれやれ。嫌われたものだな」

「仕方ありません。ヒトが我々に好意的な視線を向けるということはあまりありませんから」

「それはそうだ」

相棒に頷くと、デメテルは立ち上がった。そのまま渓谷の全体像をしっかりと眼に焼き付ける。そこを切り開いていった人間たちの労苦に想いを馳せていたのである。

やがて気持ちを切り替えた彼女は、内心と別のことを口にした。

「さ。戻ろうか。遅れると昼飯を食べ損ねる」

「ええ」

頷いた相棒を引き連れ、デメテルはその場を後にした。




―――西暦二〇六〇年二月。神々の人類に対する支配が始まってから四十四年、樹海大戦終結の七年前の出来事。

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