悲惨な失敗

「―――我々は生命を弄ぶことに関して、感覚が麻痺してきているのかも知れぬ。だから失敗したのだ。一方で人類は倫理と良心に従うことで成功した」


樹海の惑星グ=ラスネットワーク上通信会議室】


「結局のところ、成功例はなしか」

「ええ。試験的に複製された個体のうち32体が感染症。癌。奇形。その他様々な要因で死亡。生き残った4体についても1体は脳が萎縮しており知的能力に大きな問題が出ています。2体は著しく情緒不安定で衝動的であり、命令を受け付けるだけの能力がありません。辛うじて1体が最低限必要な知性を備えていますが、原型とは似ても似つかぬ姿です。形成された構造も相当に異なり、期待される能力は発揮できそうにありません。原因は目下究明中ですが、何分生き残った個体が少なすぎるため非常に難航が予想されます。性能向上以前の問題として、生存率をまず上げねば」

「こちらでも同様でした。48体中実用に足る水準に達した個体は0。辛うじて神格を組み込めるレベルの個体も2体だけですが、よくて人間並みの性能しか発揮できないでしょう」

そこは通信会議の場である。空中に映し出された映像という形で対話しているのは十二柱の大神たち。議題は、新兵器についてだった。そう。人類が投入してきた次世代の神格。そのために生み出された知性強化動物の再現を行おうという試みについての結果報告が行われているのだ。

それは、控えめに言っても悲惨な内容だった。

「これで第二世代型。及び第三世代型の再現実験は失敗ということになるな。第一世代型はどうだ」

「こちらも順調とは言い難い。人間及び我々の生命構造に近いために生存率は高いものの、脳の発達が期待していたほどではなかった。実験室に閉じ込めて育てられているのでは無理もないが」

「だが、機密保持のためにも隔離は必要だ。情報が万一にでも漏れれば人類がまた、相応の報復行動をとることも考えられる」

「よくもまあ人類は、たった三十年あまりであれほどの生命体を作り上げ、組織的に運用できるだけのノウハウを積み上げたものだ」

「幼少期における脳は絶えず接合をそぎ落とし、環境にあわせて形を変えます。これは脳を環境に適応させる上では有用な特徴ですが、今回の場合は裏目に出ました。知的発達には十分な感覚刺激と、そして必要な養育を与えられなければなりませんが、実験室の中だけではそれはあまりに不足します。2年で成人するともなれば相当なものです。それこそ需要を満たすには世界に対して開かれていなければなりませんが、現在の我々がそれを用意するのはあまりに困難です。対する人類は異なります。判明している限りでは、全人類規模で知性強化動物の養育に臨む態勢ができているとか。今回の試行ではっきりしました。最も技術的に簡単と思われる第一世代型知性強化動物でさえ、種族そのもので養育に当たる必要があります。それものびのびと活動でき、知的好奇心を満足させ、愛情をたっぷりと注がれ、法と規範が実践されており、守るべき価値があると知性強化動物自身が信じられる環境を与える。という形で」

「結論は出ましたな。知性強化動物は現状では我々の手に余る。莫大なコストをかけて完成したのが失敗作の山と、すぐには実用化不可能という事実が判明しただけでは」

「―――我々は生命を弄ぶことに関して、感覚が麻痺してきているのかも知れぬ。だから失敗したのだ。一方で人類は倫理と良心に従うことで成功した」

「かもしれませぬ。しかし今更進む道は変えられません。現状ですら、ヒトを使い潰すことでかろうじて破局を回避しているのですから」

「そうであったな。詮無いことを言った」

「さて。それでは決を採りたいと思います。知性強化動物の実用化実験は凍結ということでよろしいでしょうか」

「異議なし」「同意する」「それでよかろう」

結論は出た。神々による知性強化動物の実用化は頓挫。この日、実験は凍結されることとなった。




―――西暦二〇五七年。都築博士によって知性強化動物が実用化されてから三十七年、人類製第五世代型神格完成の六年前の出来事。

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