不思議な生き物
「わたし?私は―――魔女だ。そう呼ぶがいい。メラニアという名前ももってはいるがね。自分でももう、よくわからぬのだ。自分が魔女なのかメラニアなのか」
【ギリシャ共和国南方エーゲ海諸島 クレタ島沿岸部】
夕暮れ時の砂浜。そこで少女は、小さな気配に顔を上げた。
見ればとてとて。と近寄ってくるのは子供服を身に着け、白い皮膜のような肌を持つ、人型をした不思議な生き物。頭部は目。鼻。口。それらが集中した顔面はやはり白い皮膜に覆われているが、その外側は外骨格のような赤黒い構造に保護されているように見えた。四肢も部分部分がそうなっているあたり、人間の爪のような役割があるのだろうか。外骨格の覆っている範囲はかなり広いが。体格は五歳児くらい。知性強化動物であろうか。
子供のような生き物にじー。と見つめられて困惑する少女。
「どうした?」
「ろぼっと」
「ああ。こやつか」
少女は、傍らで寝そべっている鳥と恐竜の相の子のようなロボットを撫でた。もう何十年も少女に仕えている機械は、わずかに身じろぎ。
「デューイ。挨拶せよ」
―――CYUUU?
軋み音というか擦過音というか。そのような音を立て、ロボットは会釈した。たぶん。一見頭部のようなアームを用いて。
「迷子か?」
「?」
「迷子だな。デューイ。警察に通報しておけ。
さて。その内お迎えが来るだろうて。お姉さんと一緒に星を見るか?」
「みる」
子供は、少女の膝の上に座り込んだ。陸の方ではオービタルリングの向こうで夕日が沈みつつあり、反対に海側からは星がぽつぽつ見え始める。
「おほしさま」
「うむ。恒星もあれば惑星も見える。月も。人工衛星も見える。あれは見えるか?」
「どれ?」
「さすがにマイクロ衛星はこの歳では見えぬか」
「まいくろえいせい?」
「そうだ。この世界には何百億という数の装置がある。それが通信で繋がれている。接続方法はさまざまだ。電波塔。携帯電話網。通信ケーブル。電池駆動のIoT機器同士での通信。マイクロ衛星もそのひとつだな。ありとあらゆる手段で世界を覆い尽くす網が作られた。どれが欠けても通信が絶たれることのないよう、濃密に。利用法は様々だ。AIを用いての天気予測や自然災害のパターンを捉える。農場のデータをモニターして水や肥料、殺虫剤などを効率的に用いる。船舶の積み荷を追跡する。絶滅危惧種を宇宙から監視するといったこともしている。もっとも重要なのは、この世界によそ者が入り込もうとしていないかを確かめるということだがな」
「よそもの?」
「ああ。何十年も前から、地球上のどこに門が開こうとも即座に発見できる体制が出来上がったと聞く。そのおかげで人類は門を手に入れ、巡り巡って私は地球に帰還できた。他人の体でだがね」
「ふーん」
分かったのか分かっていないのか。この子供の知能が少女の予想通りであるならば、恐らく理解できてはいるはずだ。
「おねえさん、だれ?」
「わたし?私は―――魔女だ。そう呼ぶがいい。メラニアという名前ももってはいるがね。自分でももう、よくわからぬのだ。自分が魔女なのかメラニアなのか。それとも"ティアマトー"なのか」
「わからない?」
「ああ。そうだ」
「じゃあきいたらいいよ!わからないことはききなさい。っておとなはみんないうもの」
「聞く、か。その発想はなかったな。―――デューイや。私は誰だ?」
―――CYU!
「はは。そうかそうか」
「なんていってるの?」
「私にも分からん。だが慰めてくれているようだ」
「よかった」
「まったくだ」
その時だった。砂浜を駆け、こちらに向かってくる者の姿を少女の視覚が捉えたのは。
一方の子供は少女の膝から飛び出すと、そちらに向かって飛び込んでいった。
「ぱぱ!」
「ああ。もう心配したんだぞ。どこに行ったのかと」
異形の子供を抱き上げる父親。彼は、少女に対して深く頭を下げた。
「助かりました。あなたがこの子を?」
「ああ。その通りだ。気を付けた方がいい。子供は動きが予想できないから」
「ありがとうございました」
何度もふかぶかと頭を下げた父親は、やがて子供を抱えたまま去っていった。
それをしばし眺めていた少女だったが。
「―――風が出て来たな。そろそろ戻ろうか。デューイよ」
―――CYYYUUUU
少女は立ち上がると、自らもまた帰路に就いた。
―――西暦二〇五七年八月。魔女が国連軍に保護されてから三年、人類製第四世代型神格ヘカトンケイル級が誕生した年の出来事。
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