一貫性のある態度

「私はこの少年の存在そのものを、人類からのメッセージだと捉えています」


樹海の惑星グ=ラス 空中都市"ソ"】


ソ・ウルナは空中に並ぶ画像と対峙した。映し出されているのは、がっしりした体格で片目を眼帯で覆い、中年に差し掛かった鳥相の神。その決断力と実行力から人望も厚い大神の一柱である。根回しの一環だった。

「本人の自己申告の詳細についてはお送りした資料をご覧ください。要約するならば彼は地球で捕虜として暮らす我々の同胞たち。彼らの子として生まれ、人類はその誕生を許しました。発覚したのは妊娠段階だったにも関わらず、子供を産むことを認めたのです。のみならず、医療設備を整え、生活環境を向上させ、人類が用いる公共放送へのアクセス手段すら与えた。彼は両親と同胞たちによって育てられましたが、同時に人類もその養育に手を貸しました。捕虜収容施設の外部へと出ることを許し、人間と同じ学校に通わせ、人間として国籍を与え、本人の希望に基づいて士官学校への入学を許可し、人間たちの小隊を率いる事すら許しているのです。

同時に確保されたヒトの証言もそれを裏付けています。また、全く異なる戦線で確保された捕虜のいくらかはこの件についてある程度知っていました。この若者については人類の間でも相当に有名だったようです。これらの証拠から、人類がこの若者を自らの一員として受け入れた。というのは確かでしょう。それも門が再び開く以前より」

「そして状況が変わり、門が開いた現在でもそれは続いている。と」

ソ・ウルナは頷いた。

相手の顔色を伺う。これがどれほど重要な事なのかを理解しているはずだ。さもなくば大神である資格はない。いや、そもそも事前に相談しようなどとは思わないだろう。

「この若者が誕生する直前、人類は相当に揉めたようです。事態は捕虜収容施設のある国家に留まらなかった。地域の国家連合体である欧州連合EUや人類全体の会議である国際連合にまで持ち上げられて議論をされたようです。そのうえで人類は、彼を受け入れることを決定した。人類全体の意見の一致コンセンサスが取れていたとみてよいと考えられます。これは驚くべきことです。先の戦争で、我々が人類に対して与えた被害を鑑みれば」

「同感だ。今の戦争でも、人類の態度は一貫性があるように見える。この若者の事例と一続きと言ってよいだろう。少なくとも彼らは、我々と対等の交渉を行おうという意思がある。その要求が現状の我々にとって受け入れがたいものであるとしても、交渉を続ける事には意義があろう」

示されたのは賛意。その事実に安堵しながらも、ソ・ウルナは続ける。

「人類は選択しました。次はこちらの番です。人類の言い方を借りれば、ボールがこちらの手の中にある。というべきでしょうか。もちろん我々は楽観視するべきではありません。ですが、種と文明を残すためには何をすればよいか。それを考えねばならない」

「あるいは、我々がいずれ衰退し滅亡するにしても。種族の最後の子供たちが文明の消滅した世界で、飢えと病に倒れるという事態は避けねばならぬ。せめて穏やかで心安らかな最期を迎えられるように。そのためにならば人類の前に屈服する事さえも選択肢として考慮せねばならない。辛い役目だ。だがその決断を下せるのは今だけであり、それができるのは我々だ」

ソ・ウルナは驚いた。相手が大胆な発言をした事に。だが、それこそ彼自身も考えていたことではあった。だからこそ、この件に関して最初の相談相手として選んだのだ。

「意見をまとめねばならない。単に我々だけで決められることではない。種の歴史が終わるかもしれない選択だ。すべての民の合意を得ようとすれば、今の戦が始まってから現在に至るまでよりも長い時間がかかるやもしれん。その間にも多くの犠牲が出るだろう。多くのものが失われるだろう。その責を負うために我らはいるのだ。

貴公も災難だったな。先代がご存命であれば、これほどの重責。担わずに済んだものを」

「他にやれる者もおりますまい。それに、この激動の時代に生まれたことを後悔したくはありませんから」

「違いない」

眼帯の大神は、笑った。

二柱はこれからもしばし言葉を交わし、やがて通信を終えた。




―――西暦二〇五七年。人類と神々が初めての捕虜交換を実現する前年、人類製第五世代型神格が実戦投入される十年前の出来事。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る