真面目な悩み

「だいたい君は真面目すぎる。戦争はみんなでやるもんだ。自分の担当範囲以上のことを考えるな」


【デンマーク王国グリーンランド フヴァルセー遺跡】


満天の星々が美しかった。

草地の上であおむけに寝転がるフランシスは、そんなことを思う。

久しぶりの休暇である。奇跡のように時間がぽっかりと空いたのだった。頭が煮詰まってくるといつも、ここにやってくる。

考えることは多い。株価。戦争。雇用。抱えている幾つもの事業。それらを無理やり脳内から追い出す。気が休まらないにも程がある。幸か不幸か、フランシスの社会的地位は今も盤石だ。厄介ごとの山から永遠に逃れられる日は遠いだろう。

戦争と言えば、あの少年。赤子の時からフランシスが世話をしている少年が、消息を絶った。グ=ラスが戦闘中に行方知れずとなってもうかなり経つ。死んだのか、捕虜となったのかは分からない。捕虜となったのであれば恐らく相当にややこしいことになっているだろう。もちろん、死んでいる可能性もある。確かなのは、戦場に出るということはこうなる可能性も十分にあったということだけ。彼で何人目だろう。教え子がいなくなるのは。

それを考えると気が重かった。

だが、必要な事でもあった。彼は神々に対するメッセージだ。彼だけではない。様々な形で国連軍は神々に対しメッセージを送り続けている。

人類に、神々を滅ぼすつもりはない。

たったこれだけのことを伝えるのに人類は苦労している。敵は皆殺しにされる恐怖に駆られ、必死で抵抗している。たしかに人類が神々に求めている最低ラインは無条件降伏であり、囚われた人々。一億の人間すべての解放である。おいそれと受け入れられるものではあるまい。人類も神々を程よい水準まで痛めつけてはいない。あの少年をもし神々が捕虜にしたのであれば、それらの事情を汲み取ることだろう。何しろ彼は、人類が神々を生かしたという現実の例だ。もちろん、このメッセージが届いていない可能性も十分に大きいが。

『で、それで悩んでいるのかい?貴女らしくないな』

「うるせえ」

脳内無線機を経由した電話回線の向こう側。悩みを打ち明けた相手はいつもこんな感じだ。今は神々の世界で学術研究にいそしむ科学者。マステマである。

『知性強化動物はともかく、彼は自分で行きたいと言って戦地に行ったんだろう?僕とおんなじだ。あんまり悩んでもしょうがないさ』

「そうは言うがなあ」

『送り出すのに意図があったって話かい?たしかに神々の子供である以上、彼は存在自体が連中に対するメッセージになるのは事実だ。だが彼が捕まるように手配した上で送り込んだわけじゃあないだろ?そもそも彼だって士官なんだ。自分が派兵されること自体が政治的理由を孕むくらいは理解しているはずだ。

だいたい君は真面目すぎる。戦争はみんなでやるもんだ。自分の担当範囲以上のことを考えるな。君が手広くやってることを考慮に入れるにしてもね』

「……」

『僕は正直、戦争が長引こうがたくさん死のうがそこまで深刻に考えちゃあいない。そんなことは人類の歴史ではずいぶんたくさんあったことだ。遺伝子戦争みたいな文明が滅びかねないスケールにまで大ごとになれば別だけどね。人類はずいぶんと体力をつけた。ちょっとくらいやらかしたって大したダメージにはならないさ』

「おいおい」

『気楽にしろって言ってるのさ。本当に戦争が深刻なものじゃあないなんて思ってないよ。思考停止すればいい。自分の手に負えないものごとはね』

「生きやすそうな考え方だな」

『長生きの秘訣だよ。世の中どうにもならないことの方が圧倒的に多いからね』

「見習わせてもらうよ。じゃあそろそろ切るぞ」

『はいはい。一度、顔を合わせたいところだ。じゃあね』

そうして、通話は途切れた。

フランシスは苦笑すると、草地から身を起こした。




―――西暦二〇五七年。グ=ラスが神々の捕虜となってから一カ月後、人類と神々の間で初めて捕虜交換が行われる一年前の出来事。

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