天空の城

「グ=ラス様。あなたにはここを見ていただきたいと、主より承っております」


樹海の惑星グ=ラス南半球西大陸・亜大陸高地地帯 航空基地 滑走路】


「よう。生きてたか」

「スミヤバザル。無事だったか!」

グ=ラスは喜色を浮かべた。ここ一週間あまり、安否もようとして知れなかった戦友の無事な姿を目の当たりとできたからである。もっともお互い拘束具に束縛され、屈強な神々の兵士の厳重な監視下に置かれている。という状況だったが。

そこは滑走路だった。最初に連れていかれた前線の陣地より後方の航空基地である。グ=ラスはここへ移送された後ずっと監禁されていたのだ。スミヤバザルも似たようなものだろうが。こうして二人して滑走路に引きずり出された以上、再び移送されるのだろうということは容易に想像がついた。

「乗れ」

再会を喜ぶ人間たちに兵士が命じる。アイドリング状態で駐機しているのはずんぐりむっくりした輸送機だ。もちろんふたりはおとなしく、命令に従った。

内部は軍用機らしい無骨な構造。奥の方に荷物が結束されているのが見える。貨物用の便らしい。

二人が向かい合うように機体の左右のシートに座らされ、それぞれを挟み込むように兵士たちが着座した時点で、尾部の搬入口が閉じた。

「―――味方に撃たれたら一巻の終わりだな」

「そう思うならお前の神に祈れ。無事にたどり着けるように」

母国語モンゴル語での呟きに兵士から、やはりモンゴル語で返答されて黙り込むスミヤバザル。この分なら監視の兵士たちは英語も分かるのだろう。奇妙な緊張が場を支配した。

やがて、機体の振動が大きくなり、ゆっくりと加速。それが臨界に達した時点で機体が浮かび上がる。

離陸だった。

ふたりの捕虜を乗せた輸送機は、空の旅路についた。


  ◇


【空中都市"ソ"空域】


「なんだあれは……空中都市?」

グ=ラスは、輸送機の窓から見える物体。雲海の上に浮かぶ巨大な円盤状の構造体に目を奪われた。どれほどの大きさがあるか分からないが、途方もないスケールなのはわかる。都市ひとつ分は優に収まるのではなかろうか。

「その通りだ。逃げようとする試みは無駄だ」

「そうみたいだね……」

鳥相の兵士たちには、グ=ラスたちが外を見るのを咎める様子はない。恐らく捕虜に見せつけようとしているのだ。自分たちの都市の巨大さと、そして空中に浮かぶそこから逃れることは不可能だという事実を。

輸送機はその周囲をゆっくりと周回しながら接近していく。そうするうちに、滑走路らしきものが外周円に存在していることが見て取れた。あそこにこうして何周もしながら近づき、やがてスピードを落として着陸するのだろう。

予想はおおむね現実となった。輸送機が外周に着陸したのである。それはゆっくりと進み、都市の内側へと入り込んでいった。


  ◇


驚くべき空間であった。

極めて高度なハイテクを駆使されて構築された駐機場。多数の航空機がアームに保持され規則正しく収まっている中へとグ=ラスは降り立った。劣勢とはいえ、やはり神々の勢力もまだまだ健在だということがここからだけでも十分に見て取れる。

やや照明の明度が落とされた脇の通路をグ=ラスたちは進む。やがては都市内部に通じるのであろう巨大な装甲ドアの前にたどり着いたところで。

「お前はこっちだ」

見れば、ここまで一緒だったスミヤバザルが兵士たちに連れられていく。もちろん抗することなどできはしない。

最後に一瞬だけ彼と視線を交わすと、グ=ラスは自らの進行方向に向き直った。ここからは自分ひとりで、この敵地と向かい合わねばならない。

ドアの向こう。細い通路を進んだ先では、意外なものが待っていた。

「ここからはわたしが引き受けます。ご苦労でした」

兵士たちはグ=ラスを待ち構えていた人物に引き渡すと、来た道を戻っていく。

取り残されたグ=ラスは、相手をじっと観察した。

そいつは、人間に見えた。チョコレートのような色の肌を持つ、蠱惑的な女だ。もちろんこのような場所にただの人間がいるはずもない。その服装を見て、正体がグ=ラスにも知れた。

眷属。

人間の脳と肉体を乗っ取った機械生命体は、優雅に一礼。

「"アールマティ"とお呼びください。グ=ラス様。あなた様の案内役を主より仰せつかりました」

「神格か。下手な行動は慎めというわけだ」

「はい。ご推察の通りでございます」

アールマティは、グ=ラスの両腕を手に取ると拘束具を撫でた。と同時に、ピ。と電子音が鳴り、拘束具が外れる。もはや不要というわけだろう。

「ここの更衣室をお使いください。シャワーとお着換えを用意しております。今お召のものはこちらで洗浄し、あとで届けさせましょう」

「至れり尽くせりだな」

「わずかばかりですが、主からの心遣いでございます。他にもご不便な点がありましたらお申しつけくださいませ」

「なるほどな。せっかく用意してくれたんだ。ひとまず、久しぶりの贅沢を味わわせてもらうとしよう」

グ=ラスは、素直に指示に従った。


  ◇


「で?僕はどうなるんだ」

「ついてから説明します」

通路の先を進むアールマティの後を、グ=ラスは追っていた。

身だしなみを整え、着替えた後の姿である。用意されていた服は貫頭衣をベースに腰と肩に布を巻きつける形式で、細部は洗練され動きやすい。足元はサンダル状の靴。どうやら民族衣装的な性質がありそうだ。

眷属の後に続いて曲がりくねった通路を進んだ先。グ=ラスは目を見開いた。

そこは空中都市の生活空間の外周。多層構造になった広大な市街地の外側から、内に広がる雄大な光景が見て取れる。

そして様々な通行人たち。老人。若者。男女のカップルがいれば、親子連れだろうか。友人同士らしいものも見える。大半が鳥相を備える神々だ。

ここは、神々の空中都市の内部なのだろう。

人間同様の営みがここにはあった。

「主は多忙のため、しばしこちらで散策などお楽しみいただき、定刻が参りましたらご案内させていただきたいと存じます」

「僕を?僕は捕虜だぞ」

「ぜひ、あなた様にはここを見ていただきたいと主より承っております」

「―――どうやら拒否権はないようだ。分かった。付き合うよ。案内してくれ」

「はい」

異世界の都市。未知なる環境へと、グ=ラスは踏み出していった。




―――西暦二〇五七年。グ=ラスが誕生して二十二年、地球生まれの少年が神王と対峙する直前の出来事。

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