尋問

「僕はグ=ラス。国連軍所属。イギリス陸軍の少尉です、サー」


樹海の惑星グ=ラス南半球西大陸・亜大陸高地地帯 前線陣地】


兵官ジア・ガーは困惑していた。眼前の少年。まだ二十に届くか届かないかと言った年頃の若者を扱いかねていたのである。

そこは陣地の執務室。工兵が急ごしらえで作った空間は大きな執務机と収納棚、ジア・ガーが自分の権限で持ち込んだ私物の絵画くらいしかない。後は背後に大きな窓が開き、採光はよかった。脇にはジア・ガー自身と同じく鳥相を備えた秘書官。扉と窓の外に待機した部下たちは何かあればすぐ、突入してくるだろう。

そのような環境下で、ジア・ガーは自らこの、眼前の若者の尋問を行っていた。報告では人類の兵士と共におり、こちらに敵対行動をとっていたという。身に着けているのも人類軍の軍装だ。階級章や認識票も本物に見える。大がかりなペテンというわけではなさそうだった。

「ふむ。私には君が同族に見えるのだがね。人類の軍服を身に着けているとしても」

「僕が生まれたのは西暦二〇三五年。こちらの暦だと4328年になったと思いますが。イギリスの捕虜収容所で、僕は生まれました」

ジア・ガーはしばし絶句した。世界グ=ラスと名乗る若者の発言が意味していることは明白だったからである。

「向こうで産まれた、と?」

「ええ。両親は人類の捕虜でした。門が閉じ、地球に取り残されたんです。父は科学者。母は軍艦の艦長をしていたと聞いています。僕は捕虜の。いえ、戦争犯罪者の子として生まれたんです」

「よくぞ人類は、君を生かしたものだな」

「ええ。僕が生まれる直前、母の妊娠が発覚した際。大きな論争が起きたそうです。ですが幾人もの高名な科学者や法学者がこう述べました。『神々の、人類に対する行いは蛮行そのものだった。だからと言って我々自身が野蛮人になってやる必要はない』と。僕は人類の高貴な部分によって生かされました」

「だが、あちらで生きるのは容易ではなかったはずだ」

少年は、深く頷いた。

「もちろんです。誹謗中傷。いじめ。虐待。ありとあらゆる不当な扱いが僕を襲いました。けれど、多くの人たちが僕を助けてくれた。僕の直面した苦難は、この二つの世界。そこで生きるすべての人々と神々が常に晒されている問題の、最も極端な側面だったでしょう」

「にもかかわらずどうして人類の軍に加わっている?何らかの強制かね」

「いいえ。僕は自分の意思で軍務に就いています。何ら強制力は働いていません。僕の直面したすべての苦難は個々の人間に端を発するものである一方、僕を守ったのも多くの個人であり、それに加えて人類という種そのものの意思でもありました。僕に危害を加えたすべての個人を僕は嫌っていますが、人類全体を嫌う必要はないと考えています。だから僕は人類の軍の士官となったんです。この道に進む決意をしたのは門が開くよりも前でしたが」

「だから同胞と戦っているのかな」

「失礼ながら、サー。あなた方は僕にとって同胞ではありません。僕にとっての同胞とは生まれ育った収容所の家族や友人たち。通っていた人間の学校の同窓生たち。住んでいた村のひとびと。イギリスという国家と軍。そして人類全体です。あなた方"神々"とわずかな部分で重複はしていますが、僕は個人と集団を混同するような真似はしません。僕とあなた方の共通項は遺伝子配列だけです。いえ、それすらあやふやでしょう。あなた方の一部も既に地球人類の肉体を得ている。彼らは遺伝子的には人類だ。もはや遺伝子で帰属する場所を決める時代ではありません」

「道理だな。ならば、君にとっては我々はなんだ」

「自らの種の延命のため、非人道的な手段しか残されていなかった哀れな人々だと僕は考えています。その状況については同情できる部分もありますが、解決のために選んだ手段を許す気はありません。僕はあなた方の犠牲になった人々が数多く住まう世界で育ったのです」

「……なるほどな。君の言い分は理解した。必ずしも同意できるわけではなかったが。主張は主張として受け止めておこう」

「僕たちをどうされるつもりですか」

「はっきり言おう。君の扱いは私の手に負えないかもしれないと考えている。その生い立ちからしてもね。事実が知れ渡れば大変な論争を巻き起こすこととなろう。そうなることの是非をも含めて、判断できる権限を持つ方に指示を仰ぐとするよ。

さて。話はここまでにしよう。私も忙しい身の上でね。

―――さあ。連れていけ」

ジア・ガーの命を受け、兵たちが少年―――グ=ラスを連れて行く。

彼が扉の向こうに消えようというところで。

「そうそう。聞くのを忘れていた。君の名前だが―――」

「ご想像の通りだと思います。故郷グ=ラスを懐かしんで、両親と収容所のひとたちがつけた名前です」

「やはりか。ありがとう」

少年神は答えず、今度こそ扉の向こうに消えて行った。

ジア・ガーは、それを見送ると自らの仕事を再開した。




―――西暦二〇五七年。グ=ラスが誕生して二十二年、地球生まれの少年が神王と対峙する二週間前の出来事。

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