捕虜生活のはじまり

「ゆっくり動け。間隔を空けて両手を上げろ」


樹海の惑星グ=ラス南半球西大陸・亜大陸高地地帯】


パワードスーツをまとった神々の指揮官は命令を下した。眼前で肩を支え合っているヒトと、そしてもうひとり。人類の迷彩服を身にまとった年若い同胞に対して。状況が分からない。近くに転がっているのは眷属の死体か?後頭部を何度も貫かれている。脳内の神格も破壊されているに違いない。貴重な一体を。部隊の戦力は半減した。これでは任務を果たせそうにない。こいつらがやったのだろうか。分からない。分からないことだらけだ。ひとまずはどちらも敵として扱うしかあるまい。ヒトも、少年神も。

「武器を地面に置け。ゆっくりとだ。―――確認しろ」

ふたりのは、命令に従った。部下たちが接近し、体をチェックしていく。もちろんその間も銃口はしっかりと向けたままだ。心臓がバクバクする。引き金にかけられた人差し指がうずいている。戦闘の興奮のせいだ。少しのきっかけで暴発するだろう。殺してしまった方が楽かもしれない。ヒトだけならそうしていただろう。こいつらのせいで人類製神格にとどめを刺す機会が失われたのだから!

「―――何も持っていません。安全です」

「分かった。そいつらを拘束しろ。両方ともだ。連れ帰って情報を吐かせる」

「はっ。両名とも拘束します」

部下たちは手際よく、ふたりを拘束した。ひとまずは安全だろう。

「本部に連絡だ。追跡は敵の妨害を受けて失敗。神格を損失。捕虜を連れて帰投する」

「はっ!」


  ◇


樹海の惑星グ=ラス南半球西大陸・亜大陸高地地帯 前線陣地】


「ぅ……」

スミヤバザルは顔を上げた。眠っていたらしい。寝転がっていたのはコンクリート打ちっぱなしの牢獄。窓には鉄格子がはまっている。地球のひと昔前のそれとそっくりだ。異世界の超種族の牢獄なのだからもう少しSFチックな代物を期待していたのだが実際はこれである。奴らも余裕がないのだろう。現実は厳しいらしい。自分にとっても。神々にとっても。

そうだ。だんだん思い出してきた。神々に白旗を上げた。捕縛され、手荒な扱いを受けた。身体検査を受け、尋問され、ここに放り込まれた。捕虜になる瞬間を乗り越えられたのは不幸中の幸いだったろう。奴らが最も神経質になっている時に殺されなかったのだから。人間相手のマニュアルは神々にも通用した。かなり痛めつけられはしたが。

グ=ラスはいない。彼は別室らしい。まあ理由の想像はつく。神々が同族をどう扱うかは未知数だ。それでも裏切者と知れば穏当な扱いは望めまい。下手をすれば人間である自分より悲惨な運命が待っている可能性すらある。

なんにせよ、まずは自分の身の安全だ。どういう扱いを受けるだろうか。最初に受けた尋問は大したものではなかった。答えられないほど殴られていたからというのが大きいだろうが、今度は専門の技術を持った尋問官が出てくるに違いない。現代の捕虜となった場合のルールは二通りの状況についてまとめられている。大勢で捕まった場合は「氏名、階級、番号だけを言って黙る。質問には答えず、騙したり嘘をついたりしようとしない。形式に則った規律ある態度を保つ」等、自分が何の情報ももたらさないタイプだと最初に提示する。一方少人数あるいはひとりで捕まった場合は異なる。敵は一人の捕虜により注意深くなる余地があるため、先のルールに幾分変更と追加がなされるのだ。「自らが国連軍の一員として正当な軍事行動に当たっていることを主張し、それ以上の議論は自らと収容者仲間の状況、生活の質の向上、および帰還に関する事柄に限定するべき」という内容である。奴らがその気ならばどちらにせよ脳から情報を引き出されてしまうが、こうした従来の方法も状況次第では十分役に立つ。時間を稼げばそれだけでスミヤバザルの持つ情報の鮮度は墜ちていくのだから。こんな牢獄しか用意できない部隊相手なら期待はしてもいいだろう。そして、幸いなことにスミヤバザルは屈強で健康だ。奴らにとってはその肉体も貴重な資源となることも、少しばかりは長生きに寄与するだろう。ろくでもない末路が待っている可能性も増すわけだが。

身を起こす。薄汚れた毛布に手を伸ばす。あんなものでも寒さから身を守る役には立つだろう。今は少しでも、体力を残さねば。

スミヤバザルは、目を閉じた。




―――西暦二〇五七年、六月末。地球生まれの少年が神王と邂逅する二週間前の出来事。

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