異邦人

「ようこそ、異郷で産まれし同族よ。歓迎しよう」


樹海の惑星グ=ラス 空中都市"ソ"】


広い―――とてつもなく広い空間であった。

床は美しく青いタイルで覆われ、天井は神話を描いた不可思議な技法の絵画が刻み込まれている。それが王の居室にのみ用いられるものだ。ということを来訪者は知らなかったが、しかしその伝統のものであろう技法と歴史には感心を抱かざるを得なかった。

そして、一面の窓。最上層の一角に位置するここからは、都市の外部構造とその向こうに広がる雲海が見て取れる。空に目を向ければ、宇宙を横切っていく様々な機械類さえも。

窓際で雲海を眺めているのは、後頭部が羽毛に覆われた男。白い一枚布をゆったりと上着としてまとい、その下にやはり白の貫頭衣をまとっている。飾り紐が幾本も見られ、全体的に古代世界の着衣を連想させた。

彼は、来訪者に気付くと振り返った。

「ようこそ。良ければ君も見たまえ。素晴らしい景色だ」

来訪者は。グ=ラスはやや困惑するも、ここまで案内してきたアールマティに促されると意を決した。入口より進み、窓際で男に並んだのである。

「ここに着くまで色々なところを見て回っただろう。街はどうだったかな」

「―――美しい街でした。それに活気がある。戦時中とは思えません」

「そうだろう。先代より受け継ぎ、必死で維持してきた。君の目から見てもそう思えるのであれば安心だな。よかった。苦労してきた甲斐があったというものだよ」

「そのために、僕に街中を歩かせたんですか」

「そうだ。もちろんそれだけではないがね。この世界を戦場としてしか知らない君に、見せたかったのだ。我々の、平和な営みを。余計なおせっかいだとは思ったのだが」

「お気持ちはいただいておきます。ですが僕は人類の一員です。あなた方の都市を幾つも破壊した、敵対する種族の兵士です」

「もちろん理解している。君の信念を変えることは、言葉や損得では不可能だろうということも。もちろん暴力やテクノロジーの助けを借りればその限りではないが、私は君にそれらを試すつもりはない。今のところはだがね」

「それは、僕があなた方と同じ遺伝子を持つからでしょうか」

「その通り。遺伝子に関する君の考え方は知っている。ジア・ガーのレポートはなかなか面白いものだったよ。彼はもっと相応しい場所があると思うのだが、前線が好きでね。なかなか戻って来てはくれないのだ。そんな彼が珍しく私に判断を求めてきた。君についてね。それで私も興味を持ったというわけだ。グ=ラス少尉」

「僕がそれほど面白い存在だとは思えませんが」

「それは過小評価が過ぎるというものだ。君は極めてユニークな存在だよ。地球で産まれ、人類の戦士となってこの世界に戻ってきた者など二人といない。君と比べれば私は、いくらでも替えの効く没個性的な存在に過ぎない」

「―――あなたは、何者なのですか」

「ようやく聞いてくれたね。我が名はソ・ウルナ。四十八ある天空都市が筆頭、ソを支配する王だ」

「あなたが……」

グ=ラスはその名を知っていた。神々の世界を統べる十二神からなる評議会。その一員たる大神について。

「かしこまらなくていい。私が今の地位についたのも、この戦争が始まって以降のことに過ぎない。人類に討たれさえしなければ、今でも神王の座についていたのは先代であったろう」

「神王ソ・トト―――?」

「正解だ。人類に討たれた二柱目の大神となる。偉大な方だったが、たった一人の人間に敗れた。あの方はその人間についてこう予言された。『この男、生かしておけば必ずや我が種族最大の障害となるであろう』と。事実となった。四十一年前もそうだった。たった一人の人間。"天照"が始めた反乱によって、天と地ほどもあるわれわれと人類の間の差は縮まり、血みどろの戦いが始まったのだ。私はそうなった瞬間をよく覚えている。歴史の転換点だ。居合わせた誰もが、自らがそこに立っているという事実に気が付かない。気が付いた時には既に、取り返しがつかなくなっている」

「ご存じだとばかり思っていましたが、そうですか。最初の大神ミン=アはまだ生きています。ヒトの肉体を得て。人類が手中に収めた最初の神々の捕虜として。地球では有名な話です」

「ほう。興味深い話だ。まあ、過去のお方だ。今の戦争でもあのお方について人間に聞き取りをする者はいないだろうからね。我々が知らなかったのも仕方がない」

そこで神王は再びグ=ラスに視線を向ける。

「君も、誰もが知ることになるかもしれない」

「何故でしょうか。僕は一士官に過ぎません」

「いや。君にはそれ以上の価値がある。人類が我々をどのように扱うかのひとつのモデルケースとしてね。グ=ラス君。君を私の下へ送り込んで来た人間がもしいたとするなら、彼あるいは彼女は我々にとって恐るべき敵だろう」

「僕は自分の意思で戦った結果ここにいます。誰の意思でもありません」

「それはそうだろう。すべてを予知することなど誰にもできやしない。その者がしたことは、無数の選択肢の中にひとつ、追加することだけだ。君は捕虜となることもなく戦場で死んだかもしれないし、我々の勝利によって撤退に追い込まれたかもしれない。何事もなく任期を過ごしたかもしれない。だがそれでも、君が戦場にいないことには、我々の捕虜となる可能性はないのだ」

「……僕を。いえ、僕たちをどうされるおつもりですか」

「安心したまえ。当面の安全は保障しよう。君と共に捕縛されたヒトについても。彼は君の発言の事実を補強する貴重な証拠だ。神格を組み込んだり人格を上書きすることはそれらの証拠の信頼を低下させるデメリットしかない。君に価値がある限り、友人も無事でい続ける」

「……」

「我々は君たちの手助けを必要としている。この戦争がどうなるか。それを占うために。

さあ。アールマティよ。彼を連れていけ。丁重に扱うのだ。

グ=ラス君。今日はありがとう。楽しかったよ」

「僕もお話しできて光栄でした」

両者は頷き合い、そしてグ=ラスが後退した。そのまま眷属に連れられ退室していく。

神王は、それからも外を見続けていた。




―――西暦二〇五七年。神王と地球生まれの少年が邂逅した日の出来事。

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