幻獣の祝福
「この子たちは血塗られた道を歩む。私たちにできるのは、それを祝福してあげること」
【イタリア共和国 カンパニア州ナポリ郊外 ナポリ大学理科学部 知性強化動物研究棟】
まだ名を持たない
まぶしい。まぶしいとはなんだろう。息をする。初めての呼吸で肺が満たされる。感覚刺激がたくさん入ってくる。分からない。何もかもが理解の範疇で、だから幻獣は泣き出した。
力いっぱいに。誕生の喜びと暖かい人工子宮の保護を失った悲しみから。
逞しい腕で抱き上げられる。素早く運ばれる。ふかふかな何かの中へ寝かされる。何かが見えるがまだ何なのか理解ができない。それでまた泣く。
保育器の中で、生まれたばかりの幻獣は、産声を上げた。
◇
「赤ちゃん」
「うん」
「
「うんうん」
新生児室の外。窓の向こう側に揃いつつある保育器を見守るふたりの女性の姿があった。
ペレとモニカが、誕生したキメラたちを前にしているのだ。
もう何十回。何百回と見て来た光景。されど、いつまで経っても飽きることはなかった。
今回完成したのは十二名。目立つ不具合がなければ、半年後にはさらに同じ数が誕生するだろう。急ピッチで生産されていくはずだった。今は平時ではないから。
守られ、大切に扱われている赤ん坊たちは泣き終えると疲れたか、静かに眠りに就いていく。
この子たちも、ほんの数年後には戦場に出るのだ。過酷な戦いの中、何十何百という敵を殺すのだろう。血塗られた生涯を歩むはずだった。
満ち足りて眠っている赤ん坊たちが、そんな運命を背負って生まれて来たというのがモニカには不思議にも思えた。こんな、取るに足りない小さないきものに見えるというのに。
されど、ペレは異なる見解を持つようであった。
「幸せ。きっと」
「そう?」
「うん。みんなで幸せにする」
「そっか」
モニカは頷いた。たしかにその通りだ。過去の子供たちも同様に、戦う運命を背負っていた。そしてそれを、すべての人間たちは祝福してきたのだ。幸せに生きられるように。
このキメラたち。人間の赤子によく似た、しかしどこか異なる構造を備える超生命体たちも同様だろう。
だから、モニカも彼女らの誕生を祝福する事にした。
「生まれてきておめでとう」
その言葉は、保育室の中の子供たちに静かに広がっていった。
―――西暦二〇五六年。初の人類製第四世代型神格が誕生した日の出来事。
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