嵐の前に

「つかれてる?」


【イタリア共和国 カンパニア州ナポリ郊外 ナポリ大学理科学部付近レストラン】


「疲れてると言えば疲れてるかな。何しろ作業も大詰めだからね」

ペレの問いに、ゴールドマンは頷いた。

郊外のレストランでのことである。窓の外。道を挟んだ向かいには巨大な敷地を持つ建造物の姿。その周辺では要所要所で警備の人員が目を光らせている。下手をすると議長官邸より警備が厳重なそこはナポリ大学理学部である。今まで数多くの知性強化動物がそこで生み出されてきた。今回もそうなる予定である。それに戦時という事情も加わり、警備が異常に厳重なのだった。ゴールドマン自身このプロジェクトの重要人物であるから、最近は常に護衛がついている始末である。向かいにペレという史上最強のボディガードがいるのに人間の護衛がいても、役に立つのかどうかは大いに疑問であるが。

海鮮がメインの昼食を平らげていく二人。

「キメラ、すごい?」

「凄い。それは間違いない。今までの神格の概念を覆す強さになるだろう。だがそれでもまだ、不完全だ」

「ふかんぜん?」

「そう。まだインターフェイスを改良しただけだからね。これだけでも相当な性能向上は望めるが、まだ手を加える余地はたくさんある。そもそも僕たちが目指している地点にたどり着くために、優れたインターフェースが必要だったんだ」

「なんで?」

「神格は流体を制御するために存在している。巨神だな。こいつはいいかい?」

「いいよ」

「どんな機械でも制御系を改良すれば効率は上昇する。巨神だってそうだ。だからインターフェース部分である神格を抜本的に改良して、知性強化動物と一体化させることで高性能化を図る。これがキメラ級の基本的なコンセプトだ。

さて。ここで巨神の方に目を向けてみよう。こいつはそれ自体が一種のコンピュータで、第二種永久機関でもある。いや、第二種永久機関とは言ってしまえばコンピュータなんだ。

例えば僕たちがインターネットで検索するたびに、海や大気はほんの少し暖かくなる。情報を扱うには熱が必要なんだな。だが、第二種永久機関はエントロピーを減少させ、熱を使える形のエネルギーに戻す。

これはつまり、第二種永久機関は無限のエネルギーを扱うだけじゃあない。無限の情報をも扱うことができる。ということだ。この二つは同じものともとれる。

アルベルトの受け売りだけどね」

紅茶を一口。レモンの香りですっきりする。

「巨神は本質的にはコンピュータである。ということは、こいつに情報処理をさせてやることもできる。従来でもそれは行われてきたが、あくまでも神格が主で巨神は従だった。キメラでもそいつは変わらないが、その次。第五世代と呼ばれることになるだろう完成形は違う。こいつは巨神と相互作用し、その無限の情報処理能力を最大限発揮できる形にプログラミングしていく。情報的な自己組織化だな。やがては無限大の情報とエネルギーを扱える神格が完成するだろう。僕とアルベルトが目指しているのはそこだ。ただ、一足飛びに作るのは難しいからキメラという形で色々な新技術を実験するためのテストベッドを作ってる。だからキメラから第五世代への変更は最小限で済むだろう。ま、すべてがうまくいったらの話だけどね」

残るパスタを口に入れる。ペレも海鮮をむしゃむしゃ。穏やかな時間が過ぎ去っていく。

「なまえ。どんなの?」

「第五世代のかい。まだ決めてないな。

どんな名前がいいかな」

「―――テュポン

ペレのその言葉に、ゴールドマンは目をぱちくり。

神殺しの巨人テュポンか。いい名前だ。一考の価値はある」

「よかった」

料理の皿が空っぽになる。お腹もいっぱいだった。

「さ。残ってる仕事を片付けないとな。行こうか」

「うん」

そうして、ふたりは席を立った。




―――西暦二〇五六年。キメラ級誕生の年、初の人類製第五世代型神格が実戦投入される十一年前の出来事。

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