一貫した合理性

「人間は究極の作業機械だ。大抵のことはひとりでこなせる。耐用年数もけた違いに長い。それを強化しよう。という発想には一貫した合理性がある」


樹海の惑星グ=ラス某所 "裂け谷"】


「あ……ぁぅ……」

とてとてと、幼子が歩いていた。

樹海でのことである。硝子の葉でも覆い隠しきれない太陽の恵みは、世界を明るく照らし出していた。そんな中で。

「すっかり大きくなりましたな。お孫さんも」

「門が開いて今年で四年になる。そりゃあ大きくもなるさ」

幼子の様子を見守っていた管理人は、同じく横で同じものを眺めていたチャック・コールソンに答えた。

周囲を見回す。

片方は崖。対岸はごく近く、切り立った構造のフィヨルドである。そこから外へ出れば、更に巨大で複雑なフィヨルドに繋がっているのだとふたりの男は知っていた。

そして反対側は山頂へと続くやや緩やかな斜面であり、そして前後には樹海が伸びているのだった。ふたり以外の人々の姿も散見される。それは偽装ネットをかけた大きな機械の傍で雑談に興じる男たちだったり、あるいは湧き水で山菜を洗う女性たちだったり。共通しているのは、いずれも木々の枝葉の下より出ようとしないこと。

ここは隠れ里だった。神々より逃れて来た人間たちが身を寄せ合って自然発生した集落だ。と、コールソンら国連軍の兵士たちは説明を受けていた。ここからでは直接は見えないが、右手の崖の下には幾つもの大きな穴が掘られている。横穴を住居とし、崖下の海の魚や樹海に根付いた地球由来の動植物を狩猟採集する生活を送っていたのだ。

ここの住人たちが、地下深くに埋もれた何百年も昔の通信施設を復活させ、惑星全土に網を張る通信網を作り上げたのである。

それは偉業と言っていいだろう。

「四年前まではずっと不安だった。こんな生活をいつまで続けていけるのか。ってね。僕たちは高度な機械を維持しているが、縮小再生産に過ぎない。周辺の遺跡から掘り返した機械類だって枯渇しかかっていた。あの子が大人になるころには、僕らの文明レベルはずいぶんと後退していただろう」

「だがそうはならなかった。我々も随分と助けられています」

「君たちがしてくれたことと比べたら大したことはないさ。大勢地球まで連れて行ってくれた。それに持ってきてくれた物資のおかげでずいぶん助かってる。特に医薬品にはね」

「もうしばらくの辛抱です。次の便で、残った方々も全員地球へお送りできる事でしょう」

ふたりは再び視線を幼子に向けた。管理人。この集落の長をはじめとする十近い人々がここに残っているのは、潜水艦に乗ることができないためだった。今だ神々の勢力圏であるここで物資や人員のやり取りをするには潜水艦を使う必要があったが、赤ん坊を乗せることはできなかったのである。高度な静粛性を保つことで隠密性を得る潜水艦にとって、赤ん坊の泣き声は天敵だったから。もし潜航中に泣き出せばたちまち敵に見つかってしまうだろう。

だが、集落に数名いた赤子もだいぶ大きくなった。今なら静かに移動できるに違いない。そうなれば、ここを維持していくのは国連軍の役目となるだろう。別のもっと安全な複数の場所に、代替施設も建造されつつある。

「人間の勢力圏を永遠に保つには、人間の存在が不可欠だ。人間がいなくなれば、都市はたちまち死ぬ。下水管は詰まり、水があふれだすだろう。地下鉄のポンプは数日と持たずに停止するだろう。そうなればアッという間に水没するだろう。地上だって無事じゃあいられない。鼠が壁をかじる。水分に含まれる塩分がアルミを浸食する。釘はさびてゆるみ、鉄はたわむだろう。数年で屋内への浸食はピークに達するはずだ。それは最後には、木々の下に埋もれることとなる。ちょうどここの遺跡のようにね。

だから。神々は神格を作り出した。永遠に文明を存続させるために。神を演出するなんて言うのはおまけに過ぎない」

管理人の向けた視線の先。幼子の進行方向で待ち構えている娘は、白地に黒い斑点を備える毛皮で、体が覆われていた。

ロシアで建造された第三世代型知性強化動物"コシチェイ"級。ユキヒョウをベースに生み出されたこの超生命体の神格の能力は建築・工作である。人類文明が作り出せるほとんどの機械や建造物を自力で作り出すことができるのだ。

「人間は究極の作業機械だ。大抵のことはひとりでこなせる。耐用年数もけた違いに長い。それを強化しよう。という発想には一貫した合理性がある。僕は神々は嫌いだが、彼らのコンセプト自体は好きだよ」

「理解できます」

「ただ、惜しむべきは彼らの発想がある一点で止まってしまったことだな。人間を洗脳して使うことで、彼らの神格は進化の袋小路に入ってしまった。幾らでも安価に数を増やせるからな。安物買いの銭失いだ」

幼子がユキヒョウの娘に抱き上げられるのを見届けた管理人は、よっこいしょ。と立ち上がった。

「ま、その点では人類は安心だ。僕の目から見ても驚くべき進歩を続けているから」

「まだまだ負けてはいられませんからな。神々のような老いた種には」

「まったくだ」




―――西暦二〇五六年一月。門が開通して四年目、超新星爆発による神々の文明崩壊から四百五十年ほど経ったある日の出来事。

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