騙して悪いが
「悪いね。嘘をつかないとは言ったが、騙さないとは言ってない」
【
酷くみすぼらしい敗残兵たちだった。
木々もまばらな中を進んでいるのは戦衣をまとい、銃を担ぎ、鳥相を備えた神々の兵士たち。歩み遅く、薄汚れた彼らは既に相当な消耗をしているに違いない。
周囲の環境も過酷だった。乾燥した荒野である。植物はわずかで、太陽さえも彼らを痛めつけている。それでも彼らが進んでいるのは、前方に濃厚な雲をまといつかせた巨峰が見えたからだった。あそこまで行けば、せめて喉を潤すことはできるに違いない。その証拠に、あのあたりは明らかに植生が豊かに見える。
とはいえ。やがて限界が来たか、大木の下で一行は足を止めた。
「クソっ。人間どもめ……」
「悪態をつく元気はとっておけ。味方と合流できるまでどれだけ歩けばいいか分からん」
老兵が新兵をたしなめる。とはいっても人間が見れば、どちらが年上かなど分からないだろうが。
ささやかながらも彼らが回復に努める最中。
「煙が見えるぞ」
見張り役の言葉に、兵士たちは前方を見上げた。緩やかな起伏の向こう側から、確かに一筋の煙が立ち上っている。
彼らは丘を上がり、その向こうを確認した。
「―――人間の家だ。国連軍じゃないぞ」
「食い物があるかもしれん。行くぞ」
◇
そこそこ大きな家だった。農作業をする関係であろうが。日干し煉瓦で作られ、屋根で風雨から守られた作りである。周囲には畑や家畜小屋。井戸。立地からして村はずれかもしれない。
そこまでを認めた兵士たちは、素早く家に押し入った。取り囲む。扉を蹴破る。突入する。炉を囲むように老いた男女と幼い子供の姿。銃を突きつける。
「食料を出せ。ありったけだ」
恐怖に顔をゆがめる人間どもの口から出た言葉は、兵士たちには理解できないものだった。命乞いだろうか。あるいは別の言葉?どうでもいい。殺してから家探しすればいい。
銃床で殴りつける。倒れた男の頭に銃口を突きつける。
「銃声が響くとまずい。ナイフで始末しろ」
老兵の指示に、兵士のひとりが刃を抜いた。そのまま振り下ろそうとして。
「ストップ。そこまでだ」
その言葉に兵士たちが振り返る。
入口には、見慣れない同族の姿があった。鳥相を備え、マントとフードを被ったまだ若い男の神である。子供から青年になる途中と言った年頃だろう。
彼は口を開いた。
「あんたたち、どこの部隊のひとだ?」
相手の問いかけに、兵士たちは困惑しつつも答える。
「第七機械化中隊だ。お前さんは?」
「僕はグ=ラス。ちょっとそこの人間たちに用があってね。殺されると困るんだ。待ってくれると嬉しい。代わりと言っちゃあなんだが、僕らは水と食料に余裕がある。お願いを聞いてくれるなら分けてやってもいい。あと、味方がどっちにいるかも僕らは知ってる」
「ほ―――本当か」
「嘘はつかないよ。同族のよしみだ。いいかな?」
兵士たちは顔を見合わせ、そして頷きあう。
「取引成立だ。じゃあちょっと外で待っててくれるかい。僕の仲間も近くにいる」
兵士たちとすれ違いに人間たちの前にやってきたフードの若者は跪くと、倒れた男を助け起こす。その瞳に恐怖が浮かんでいるのを見た彼は、ほんの少しだけ傷ついた顔をした。
「あとちょっとの辛抱だ。待ってて」
人間の言葉でそう告げたフードの若者は、立ち上がると家を出る。
外では兵士たちが律義に待っていた。老兵がフードの若者へ話しかける。
「早かったな。もういいのか」
「ああ。目的は果たした。もういいぞ。―――やれ」
その次の瞬間。老兵が倒れた。新兵の銃が吹き飛び、兵士の腕を銃弾が貫通。一拍遅れて銃声が追いつく。それも幾つも。
理解が追いつかない神々の眼前で、若者はマントを脱ぎ捨てた。そこにあったのは紛れもない、人類の軍服を身にまとった同族の姿。
「悪いね。嘘をつかないとは言ったが、騙さないとは言ってない」
まだ息のある兵士は、見た。地形に紛れていた人類の兵士たちが、次々と姿を現す様子を。
「同族のよしみだ。抵抗しなければ命は助ける。まあその有様じゃあ抵抗何てしようがないだろうけども」
腹を撃ち抜かれた老兵に対し、若者は告げる。
「そうそう。所属をまだ教えてなかったな。僕は国連軍、イギリス陸軍所属。グ=ラス少尉だ」
「……裏切者……」
「裏切り?違う。僕は地球生まれの地球育ちだ。自分の属するコミュニティのために戦っているだけだ。君たちと同じように。
ひとつ違う点があったとすれば、君たちの任務が人類をこの世界から追い出す事なのに対して、僕の任務はここに取り残された人たちの救出だった。ということだけだよ」
若者の。グ=ラスの言葉をもはや、老兵は聞いてはいなかった。話の途中で事切れていたからである。
肩をすくめた若者は、人間の兵士たち。己の部下に対して告げた。
「―――こいつらを捕縛しろ。家の中の人たちを保護するんだ。他に保護しなければいけない人がいないか聞くのを忘れるな」
人類の世界で育った唯一の神の言葉に、人間の兵士たちは従っていた。
―――西暦二〇五五年十月。グ=ラスが初めて実戦に参加した年、地球生まれの神と神王が邂逅する二年前の出来事。
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