子供たちの遊び

「この四十年近い試行錯誤は無駄じゃなかった。そのことが、戦争ではっきりしたわ」


【イタリア共和国カンパニア州サレルノ フィオルド・ディ・フローレ】


切り立った入り江だった。

水面下に沈降した裂け谷と、その奥にある小集落。そして海面が作り出す美しい観光地は、イタリアで最も美しい村のひとつに数えられるという。

その海で、水着に浮き輪の子供たちが水遊びに興じていた。ただの人間の子供ではない。獣相を備え、尻尾を伸ばした知性強化動物の子供である。

フォレッティたちだった。

「元気ねえ」

「げんき!」

「ペレも元気ね」

陸で子供たちを見守っていたモニカは苦笑。もうペレとの付き合いは四十年近くなる。リオコルノ。ドラゴーネ。そしてフォレッティ。もう何百人を二人で育てて来たか分からないほどだ。もちろんそれ以外にも多くの人々が関わっているが、この事業の始まりから現在まで一貫して従事している人間はさほど多くはない。

それ以外にも多くのことが変わった。育成の手法はどんどん改良され洗練されてきている。ノウハウは蓄積され、広く共有されてきた。試行錯誤していた初期とはえらい違いだ。

「みんな歳を取るわけだわ」

「ながいき!」

「そうね。みんな長生きしてる。おじいちゃんもお祖母ちゃんも。父さん母さんも。おじさんや、そのほかにもたくさんの人たちが」

だが、いずれいなくなる。ニコラは先日腰を痛め、今は外骨格をつけないと農作業ができない体だ。両親も昔ほどは元気ではない。ゴールドマンももう若くはない。

変わらないのは自分とペレだけだった。いや。知性強化動物たちもか。

自分たちは、過渡期にいるのだろう。人類が不老不死になっていく、ちょうどその境の時期に。

だが、変わらないものもある。

子供がひっくり返っているのをスタッフが助けている様子が見える。知性強化動物に遊びは不可欠だ。後年必要となる重要な技能を身に着ける、絶好の機会となる。危険な目に遭っても助けてくれる仲間や大人がいる今の時期の経験が、彼女らが大人になった時に助けとなるだろう。

「最初の頃は子供たちにただ、いろいろな体験をさせる。っていう目的で旅行や遠足なんかにつれだしてたわ。けれど、次第にそれらが重要な役目をはたしていることが分かった。日頃の習慣を抜け出して、新しいチャレンジをする。時に馬鹿げた行動をしたりね。これが独創性につながるわ」

「体験!」

「そう。体験は問題解決の糸口になる。それはいつか眷属の攻撃を回避するのに役立つかもしれないし、足を引きずって味方の所まで生きて帰る助けになるかもしれない。それだけじゃない。見て」

先ほどひっくり返って海水をたらふく飲み込んだ子供のまわりを、他の子供が取り囲んでいた。心配しているらしい。背をさすってやっている者もいる。

「ああやって絆が生まれる。仲間内で助け合うことを学んでいるの。結束はそのまま強さになる。ローザが帰ってきた時の話、覚えてる?」

「ローザがんばった」

「そう。あの子は頑張ったし、一緒にいた子供たちも頑張った。協力して帰ってきたの。報告書を読んでびっくりしたわ。驚異的なサバイバル能力だもの。とても一人では成し遂げられなかった。

あの子は素晴らしい仲間を得たおかげで生き延びたの。これは人間にとっても知性強化動物にとっても最高の武器よ」

知性強化動物に求められるもっとも重要な能力は社会性である。それは現在に至るまで変わっていない。いかに高性能だろうと、社会性がない知性強化動物が作られることはなかった。人類と共存していくのであればそれは必須の能力だからである。

その意味では、先の一件は知性強化動物の社会性の高さを実証したと言えるだろう。

モニカは時計を確認。そろそろ時間だ。子供たちにシャワーを浴びせ、着替えさせて連れ帰るための。

「さ。そろそろ帰り支度をしないと。手伝って」

「手伝う!」

立ち上がったモニカに、ペレが続いた。




―――西暦二〇五五年七月。ローザが帰国して半年、キメラ級誕生の前年の出来事。

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