星を見るもの
「おじゃましまーす」
【日本国 千代田区 都築家】
酷い雨の中、相火は玄関を潜った。
過去数回訪れた事のある親戚の家である。戸主は叔父だ。
「いらっしゃい。相火くん」
出迎えてくれたのは女子高生くらいの年齢の髪の長い女性。ヘアバンドが特徴的な美少女に、相火は会うたびにどぎまぎする。実際は自分の倍近く生きている不老不死者なのだが。名前はタラニス。この家には彼女以外にも美女が大勢いる。
「大変だったでしょう。この雨に、電車まで止まっちゃうなんて」
「ええ。酷い目に遭いましたよ。復旧に下手すると明日までかかるとかなんとか」
「自由に気象制御していいなら、雨はすぐに止められるんですけど」
「そういえばタラニスさんの神格、気象制御型でしたっけ」
「ええ。天気の扱いは国際基準があるから勝手にいじらないでくれって言われてるんです」
「凄いですよね。何千キロメートルも体が広がってる。ってどんな感じなんですか」
「うーん。説明し難いですね。とても希薄だし、無意識で制御するものですから」
タオルを借りる。家に上がる。部屋で鞄を開き、中身を取り出していく。濡れたらまずいものはおおむね無事だ。空っぽの鞄をハンガーで吊り下げる。
「今お風呂を入れてますから。すぐに入れるわ。あとこれ、燈火さんのジャージと新品の下着。使ってください」
「ありがとうございます。助かります」
二人して外を見る。既にかなり暗い。キッチンでは調理中らしいく包丁さばきや鍋の音が聞こえてきた。そちらでも誰かいるらしい。
「今日はお仕事?」
「ええ。とは言え大学にいた時と同じく研究ばっかりです」
「防衛関係でしたっけ。何をしているかは聞いても大丈夫?」
「まあ当たり障りのない範囲なら。と言っても大したもんじゃあありません。僕がやってるのは大規模望遠鏡のプログラミングの手伝いですよ。星間通信型神格用の」
星間通信型神格は惑星を包み込むほどの広範囲に偏在した流体からなる受信アンテナと、そして大出力のレーザー光線の発信能力を特徴とする神格である。先の戦争で活躍した"ニケ"が代表的だ。
「遠く離れた電波望遠鏡同士を結合すれば、実質的に地球サイズの望遠鏡に相当する解像度を得られる。干渉計ですね。ただ、これは波長が短い光だと難しいんです。僕がやってるのはそれです。戦闘で使うだけならいらないらしいんですが、神格は汎用性が求められますから」
「分かるわ」
平時の神格には戦闘以外の用途も求められる。兵器としてスタートした人類製神格であるが、そもそもの始まりは神々の文明再建用拡張身体であり、その特性は人類復興の時期にも発揮されたからである。
「光学望遠鏡を結合するのは困難です。集めた光子は一か所に集めて結合するんですが、同じ距離を進んできた光子同士を結合させなきゃいけない。その上伝送の過程で散乱されたり吸収されたりする。だから量子力学の助けなしじゃあ無理ですね。量子もつれ状態になった光子を各望遠鏡の中心に置いて、そいつを各所に送ってやるんです。受け取った光とそれらの光子を干渉させれば、あとでその情報と中心で起きたことを照らし合わすだけで結果を引き出せます。流体を使えば簡単に実行可能だ。まあそのプログラムに難渋してるんですが」
「苦労してるみたいね」
「とはいえ既に実用化されてる技術です。早く仕上げないと―――くしゅん!」
くしゃみが出た。タオルでふいたとはいえ相火の全身はびしょぬれだ。このままでは風邪を引くだろう。この家の住人には風邪を治せる者もいるにはいたが。
その時だった。ぴぴぴ、とタイマーが鳴ったのは。
「お風呂、入れるみたいね。さ。行ってらっしゃい」
「じゃあ、お借りします……」
着替えとバスタオルを抱え、相火は風呂場へと向かった。
それを見送ったタラニスは、料理を手伝うべくキッチンに赴いた。
―――西暦二〇五五年。サンダーバード級神格の開発が完了する四カ月前、相火が第五世代型神格の開発に関わる四年前の出来事。
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