世間話

「戦場帰りかい」


【イタリア共和国シチリア州メッシーナ県 病院】


ニコラは、隣になった若者へと尋ねた。

病院の休憩スペースでのことである。戦時の昨今、片足がない、松葉杖の若い人間が病院にいるとなれば高確率で傷痍軍人だ。

ニコラ同様ベンチに座る、ニキビの痕が見て取れる若者は頷いた。

「ええ。ひっくり返った車両に運悪く挟まれて。切断しなきゃ死んでましたよ。でもまあ最近の義足は性能がいいそうなので。恩給も出るし」

「そうか。大変だなあ」

「お爺さんは?」

「俺ぁ農作業の途中でね。ちょっと腰がボキリといったんだ。この体ももう百年使ってるからなあ。耐用年数すぎちまってるんだろうな。下半身に合わせた外骨格エグゾスケルトンを作るって医者に言われたよ」

「百歳!そりゃ凄い」

「大した事はねえよ。年がら年中ブドウの手入れして、ケッパー摘んで、酒作ってるだけの変化のない毎日だ。軍隊で働いてたお前さんの方が大変だ」

「酒かあ。ひょっとしたら飲んだことあるかもしれないですね。軍用糧食レーションの食前酒とか」

「あー。どうなんだろうな」

食前酒はイタリアから始まったと言われている。食欲の増進や会話を弾ませると言った目的があり、少量の酒を口に含む程度だ。イタリア軍は二十一世紀半ばの現在でも糧食にアルコール類が含まれている数少ない軍隊である。

そして軍用糧食の食前酒にも使われるグラッパはワインを絞った残りかすのブドウから作られたもので、それもイタリア国内で製造されたものを指す。ひょっとすればニコラが手掛けたブドウから作られたグラッパを、この若者が飲んでいた可能性はある。

「ま、なんにせよ。食うもんに困らないのはいいことだ。前の戦争じゃ毎日の食料にも事欠いてたからな」

「大変だった?」

「うちは島でね。舟を動かす燃料がなくて、しまいには漁師が手漕ぎのボートで漁に出たんだ。俺も手伝ったことがある。けどそれでさえかなりマシな方なんだ。槍が降ってきたりはしなかったし、飢え死にした奴もいないからな」

「なるほど」

「最近は機械の手足を付けてる奴も減ってきて、やうやく戦争の後遺症がなくなりつつあるなあ。と思ったらまた戦争だよ」

ニコラは当時のことを思い出した。戦後数年で高性能な。それこそ生身と区別のつかない義肢が発売されるようになり、街には義体者が溢れた。人類が復興できたのは、社会復帰した彼らの頑張りによるところも多いはずだった。

「ま、治ったらエオリア諸島にきてくれ。サリーナで旨い酒を飲ませてやる」

「そいつは楽しみだ」

その時だった。老人に声がかけられたのは。

「おじいちゃん。やっと見つけた」「ニコラ!」

ティーン・エイジャーの女の子とそして褐色の肌の少女だった。モニカとペレである。

「お孫さんかな」

「正解だ。俺の怪我を聞いて飛んで来たみたいだな。じゃあ行くぜ。兄ちゃんも体には気をつけなよ」

「ええ」

よっこいしょ。とニコラが松葉杖で立ち上がると、孫たちの方へ歩いていった。

若者は、それをただ見ていた。




―――西暦二〇五五年四月。高度な義肢が出現してから三十年あまり、樹海大戦がはじまって三年目の出来事。

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