桜咲き誇る中で
「僕は今の君くらいの年で、神々と戦うことを決意した。報われたけれど、違う人生を送れていたら。と考えたことは何度もある。旅の途中でね」
【日本国 東京都千代田区 小学校】
桜が、花開いていた。
それを見上げるのは体育館から出て来たばかりの、礼服に身を包んだフラン。これで見納めだと思うとどこか名残惜しくもある。
卒業式であった。
周囲では保護者と合流したり、友人同士で写真を撮っている者たちの姿も散見される。自分よりも大きく育った同年代の彼ら彼女らに、フランは複雑な想いを抱いていた。
「どうしたの?都築さん」
「ああ。みんな大きくなったなあ。と思っただけです」
同級生にそう返す。実際、皆はもう十二歳なのに対してフランだけは九歳の時のままだった。身長差はどんどん開いていく。
これは中学校に入ってからも同じだろう。
「昔、一生このままだと知った時はショックでしたわ。魅力的で高身長な女性に育つと思っていましたから。故郷では毎日牛乳も飲んでましたし」
「今でも十分でっかくはなれるんじゃないの?五十メートルくらい」
「いやまあ、それはそうなんですけれど。巨神を身長に換算してもいいものなのでしょうか……?」
ちなみにフランの神格"チェルノボーグ"は直径おおよそ五十キロメートルである。実体を持ってその広がりがあるのではなく、その範囲に存在している確率を引き上げてあるらしい。理屈が難しいのでフランもうまく説明できなかったが。物理的には無も同然だが、極微のスケールでの物質の組み換えをはじめとした各種作業を行う能力は極めて強力で、放射性物質汚染を除去したり、内部にいる傷病者を治療したりと言ったことができる。これに神格を物理的に保護・強化するための拡張身体としての五十メートルの巨神が加わって、環境管理型神格"チェルノボーグ"の基本形態は完成する。
「そういえば前から思ってたんだけど」
「何ですの?」
「神格があると頭がよくなるってほんとう?」
「うーん。たしかに知能は大幅に上昇するらしいですけど、実感はないですわね……そもそもいろんな情報を脳に書き込まれますけど、それで頭がよくなったか?と言われるとちょっと……」
「そんな都合よくはいかないんだなあ」
「そもそもこれ、あっても日常生活では邪魔なだけですわよ。使う場所がないですし。体育ではずっと見学ですし。定期的に検査を受けないといけませんし」
「実感がこもってると違うなあ」
同級生の物言いに苦笑するフラン。神格と小学生では身体能力が違いすぎて危険なので、体育では別のメニューが組まれるか、あるいは見学なのが常だった。中学校でもこれは変わらないだろう。結局のところ自分の悩みの大体の部分は、頭の中に住み着いている機械生命体に起因する。だが、なんと言ったところでこいつと自分は一生付き合っていくしかないのだ。
恐らくそれは、長い付き合いになるはずだった。それもかなり。
「こんなにずけずけと聞かれたのも初めてですわ」
「ごめん。気になった?」
「いえ。珍しいと思っただけです。普通は気を効かせてか、あんまり神格について聞いてくる人いませんし」
「まあ卒業式だし。これで最後だから聞いておこうかなと」
「そんなもんですか」
「うん。じゃあね。都築さん。次は中学校で」
「ええ。また中学校でお会いしましょう」
同級生は別のグループの方へと去っていった。ああしていまのように、おしゃべりしたりするのだろう。
「もういいのかい」
「あ。燈火おじさま」
振り返ると、スーツを身に着けた青年の姿。フランの養父がそこに、立っていた。
「そうですわね。卒業と言っても中学にはそっくりそのまま持ち上がりですし」
「そう言われてみればそうだな」
「おじさまの時は違ったんですの?」
「いや。僕は小学校を卒業できなかった。十歳の時だからね。遺伝子戦争が始まったのは」
「あ―――。そうでしたわね。忘れていました」
「普通の生活は、送ろうと思って送れるもんじゃない。しっかり堪能しておくのをお勧めするよ」
そう言って、この世で最も非凡な人生を送った青年は笑った。
「僕は今の君くらいの年で、神々と戦うことを決意した。報われたけれど、違う人生を送れていたら。と考えたことは何度もある。旅の途中でね」
「……」
「さ。じゃあ、帰ろうか。家でみんながご馳走を用意してるよ」
「ええ。楽しみですわ」
フランは、手にした筒。卒業証書の入ったそれを抱くと、歩き出した燈火の横に並ぶ。校門を抜けた時点で彼女は、何度も後ろを振り返った。数年を過ごした母校を。
それは、学校が見えなくなるまで続いた。
―――西暦二〇五五年三月。フランソワーズ・ベルッチが小学校を卒業した日、都築燈火が神々の世界に連れ去られてから三十九年目の出来事。
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