今だから言えること

「今だから言うが、こんなモンスターが人間と同じように振る舞えるのか?と疑っていた。だが今は、そんな疑いを持つ人間はいない」


【アメリカ合衆国ワシントン州】


「まだ開店前だ」

髭の男は、入ってきた客を見るなり出そうとした言葉をひっこめた。顔なじみだったからである。

「帰ってたのか。ローズマリー」

「うん。久しぶり、お兄ちゃん」

異形だった。爬虫類と鳥類の双方の特徴を兼ね備え、ジーンズを履き、革の上着を羽織った彼女は知性強化動物に相違あるまい。

第一世代型、エンタープライズ級だった。

更に幼子を連れた人間の男女がぺこり。こちらも顔なじみである。髭の男が促すと、彼らは適当な席に座った。

よっこいしょ。とカウンターに座ったローズマリーは、店内を見回す。古いつくりの木造建築。林業に携る者たちが利用する、道沿いの田舎のレストランであった。

「髭。似合ってる」

「必要だから生やしてるだけだ。老けないと怪しまれる」

「別にいいじゃん。不老不死なんて今じゃ珍しくないのに」

「詮索されるのが嫌なんだ」

「だから気を効かせて開店前に来てあげたの」

髭の男は。人類側神格"ワキンヤン"は苦笑。こんな田舎に知性強化動物がうろうろしていたらそれだけで周囲の噂になりそうなものである。あまり意味のない気づかいではあった。

給仕ロボットに男女へミネラルウォーターを出すよう命じると、髭の男は妹のように思っている知性強化動物へと、向き直った。

「で、どうだ。向こうは」

「何とかやってる。何回か艦隊司令官をした」

「出世したな」

「まあ臨時編成だけどね」

ローズマリーの言う通り、国連軍の宇宙艦隊は必要に応じて臨時に編成されるものである。司令官もそのたびに決め直される。今のところは各国が提供する宇宙戦艦を編成し、こちらで訓練し、神々の世界で任務に就き、一定の期間を経た後帰還して整備・訓練にいそしむというスケジュールになる。

神格並みかそれ以上に高価な上に用途が限られる宇宙戦艦は各国ともなかなか数を揃えられず、神々相手に苦戦を強いられていた。任務・整備・訓練でローテーションする以上、一隻を任務に就かせるには合計で三隻が必要になる。更に、地球とあちらの世界とを往復せねばならないという制限上性能が限定されていた。神々の宇宙艦艇があちらの宇宙だけで活動すればいいのに対して、人類の宇宙戦艦は門を通過するための海上航行能力と大気圏離脱・突入性能が求められるためだ。苦戦するのもやむを得ない。

「それで宇宙戦艦の仕事ができる神格を作ろうって話が出てる」

「できるのか。新型の第四世代の開発も遅れてると聞いたぞ」

「だから日本を巻き込んだんだって。遅れてる蠅の王ベルゼブブともども。二機種同時開発すれば片方がこけてもまあなんとかなるから。リスク分散ってやつ」

「なるほどなあ。で、その新型、名前は?」

八咫烏やたがらす。日本語」

「意味はなんだ」

「日本神話に登場する三本足のカラスだってさ。古代の天皇エンペラーの道案内をしたとかなんとか」

「そいつが完成するまでのつなぎが、あの子か」

ふたりは、窓際の席で男女にあやされている幼子に目を向けた。

蛇と鳥類の特徴を兼ね備えた、ローズマリーにもどこか似ている外見の知性強化動物である。洋服を着た幼子は固定された席に立ち、窓の外を行き交う自動車を見つめていた。

「そ。"サンダーバード"の初期ロット。まあ二期ロットが作られるかどうかは分からないけどね。オーストラリアからのライセンス生産だし」

「スティールコングでも間に合わん戦場か。もう俺には想像もつかんな」

"ワキンヤン"は、自分が手掛けた最後の人類製神格について思いをはせた。彼らの戦闘力はすさまじいものだったはずだ。事実、第一次門攻防戦でも目覚ましい戦果を挙げ、その後の戦いでも武勲を上げていると聞く。

あの幼子は、旧式化しつつあるスティールコングの代替機としてオーストラリアからライセンスを取得した"虹蛇ユルング"級知性強化動物だった。サンダーバードはアメリカ国内での愛称である。組み込まれる神格はスティールコング級の第三世代型仕様らしいが。

第二世代最後の知性強化動物であるスティールコングが第三世代に近い戦闘力を発揮したのと同様、虹蛇ユルングも恐らく第四世代に近い戦闘力を発揮するだろう。何故ならば、それは現時点で最後に開発され、それまでに蓄積された知見が結集した第三世代だったから。

「挨拶してあげて」

「そうしよう」

髭の男はコップになみなみとよく冷えた牛乳を入れると、窓際の席へ。

怪訝な顔をしてこちらを見上げる幼子に、微笑んだ。

「……ひげもじゃ」

幼子の第一声がこれである。

苦笑した"ワキンヤン"は、牛乳をテーブルに置いた。

しばしそれをまじまじと見つめた幼子は、両手でコップをしっかりつかむとごくごくと飲み始める。

「牛乳は好きか?」

「すき!」

「そうか。よかった。しっかり飲んで大きくなるんだぞ」

「うん!」

満面の笑みを獣相に浮かべる幼子に、"ワキンヤン"はしっかりと頷いた。

次いで顔なじみの男女―――知性強化動物の研究者たち―――といくらか話すと、ローズマリーの方へと戻る。

「どうだった?」

「昔を思い出した。お前にそっくりだ、ローズマリー」

「そっか。私ってあんなだったんだ」

「あれくらいの年頃になって、ようやく人間と内面的には大差ない生き物だ。と確信した。今だから言うが、こんなモンスターが人間と同じように振る舞えるのか?と最初に見た時は疑ってたんだがな」

「あー。ひどーい」

全然酷いと思っていない顔で、ローズマリーは笑う。

「今はそんなことは思っていない。誰もが同じだろう。だからお前が上に立っても誰も文句を言わない。

昔だったら想像もつかなかった。人間ではない生き物が、人間の艦隊を率いるなんて」

「うん」

「お前はよくやってる。だから俺が言うべきことはひとつだけだ。

生き延びろ」

「分かった」

英雄の言葉に、世界で二番目に生まれた知性強化動物は、深く頷いた。




―――西暦二〇五五年二月。虹蛇ユルング級が誕生した翌年、八咫烏級が実戦投入される七年前の出来事。

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