成長無くして存続なし
「発展とはよりよい未来を信じるということだ。だからこの戦争でさえも、希望に満ちている」
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「凄い時代になったもんだと思わないかな。こんな場所に居ながらにして地球のニュースが手に取るようにわかる」
すっかり顔なじみとなったマステマの言に、希美は頷いた。
そこは遠方に独立峰を望む樹海の真っただ中。足元は起伏に富んだ火山岩を苔と蔦が覆い尽くした地形。そう遠くない過去、独立峰の噴火によって生じた溶岩がここまで届き、覆い尽くした名残であった。
ほとんど不毛の地と化していたらしいこの場所の生態系ニッチを奪ったのは、地球由来の植物群。
そんな中でマステマがいじっているのはタブレット。このような場所なのもあって軍用の頑強な仕様である。定時連絡を送信し、地球の情報を受け取ったところだった。そこで先の発言につながる。
「いくつか面白いニュースがあるな。この惑星を縦断してきた子供たちがメルボルンに到着。門を開通させたグループの映画がもうすぐ封切られる。新しいテクノロジー。こんな戦時でも好景気に沸いている市場。いやはや。人類は逞しい」
「まったくです」
希美は深く頷いた。この四十年弱、人類のたくましさを何度も見て来た。楽観的とすらいえるその性質が復興をいかに推し進めてきたか、希美は知っていたのだ。
「ま、この分なら今回の戦争。希望はもてそうだ」
「犠牲は多いですが」
「10万人余りが死傷してるからね。もちろんこれは悲劇だが、神々だって被害は軽いもんじゃあない。そして連中は減った人口が回復しない。少子化だからな。ま、もし死者が0になったって連中は滅ぶよ。拡大しなくなった文明の末路だ」
「神々がやっていたことはそもそもが無意味だったと?」
「僕はそう思うね。そういう意味では連中は前近代的文明に後退していたともいえる」
荷物を漁ったマステマは、
近くの湖から水を汲む。水質が安全なのは確認されていたが、それ以上はまだだ。それも今回の調査の目的に入る。
台の中に小枝をへし折って突っ込み、念じると点火。マステマの流体がごく少量励起したことで火種となったのだ。
湯が沸く過程を、じっと見つめる二人。
「自然環境は平衡状態を作り出す。獲物を取り過ぎれば翌年は飢えて大勢死に、更に次の年には捕食者が減って獲物が増える。それを食べて捕食者も数を回復する。その繰り返しだ。この地を見たまえ。火山の噴火の後、弱体化したこの星の生態系はせっかく空いたニッチを埋め尽くせる生命がいなかった。だから地球由来の生命によって埋め尽くされた。だが、それだけだ。一度十分に増えればもう、これ以上拡大していく事はできない。
人類も長い間その一員だった。直観や進化。本能的にもそれは正しいと信じていた。何万年も進歩がずっと遅かったのはそれが原因だ。考えてみればいい。中世の研究者が疫病の特効薬を作るから、その間の面倒を見てくれと街のパン屋や、鍛冶屋に頼んだとしよう。彼らはどう出るか?そんな奇跡の特効薬なんてできるわけがない。そんなことを成し遂げられると聞いたこともないからだ。研究者は研究を諦めて生きるための労働に邁進するしかない。前近代的世界の住人は発展を知らず、だから発展を信じてもいなかった。世界がよりよくなるなんて想像の埒外だったんだ」
「パイの大きさは決まっていると」
「その通り。豊かになるためには誰かから奪い取るしかない。だから戦争は絶えなかったし、宗教が幅を利かせた。死後の世界や安息という形で実体を必要としない報酬を増やせるからな。だが近代に入ってどうなったか。経済成長というものを人類は発明した。新しいテクノロジーが生み出され、それによって生活はよりよくなっていく。現代で強力な疫病が出現したら、まず上がるのは製薬会社の株価だな。みんな信じているからだ。製薬会社は疫病に対抗できる。世界はよりよくなると。だから製薬会社に投資するんだ。パイがどんどん大きくなるんだよ。
こいつは格差縮小の唯一の方法でもある。パイの大きさが一定なら、豊かな者の取り分を減らして分配するしかない。だがそれは歴史上ことごとく失敗してきた。反発を買い、暴力の応酬となるだろう。だから、取り分を減らさずに貧しい者の取り分を増やさなければならない。パイが拡大していくことだけが、この状況を作り出せる」
「しかし神々はパイを拡大できない。むしろ縮小していく」
「人口が増えない以上、そうなる。経済成長なんて夢また夢だな。停滞した科学文明は滅ぶしかない。現状維持なんてものは存在しないからだ。発展か衰退か。二つにひとつだよ。ま、僕が人類が勝つと言ってるのはその辺の理由だな」
そのときだった。ケリーケトルが湯気を吐き出し始めたのは。そろそろ沸いてきたらしい。
マステマはインスタントコーヒーを使うと、二人分のコーヒーを作った。
ありがたく頂く希美。美味かった。地球の味がした。
「未来があるのはいいことだ。だからこの戦争でさえも、希望に満ちている。少なくとも人類にとっては」
マステマの言葉に、希美は深く頷いた。
―――西暦二〇五五年一月。樹海大戦終結の十二年前、高崎希美が戦場ジャーナリストとして樹海の惑星での活動を開始してから二年あまり経った日の出来事。
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