救うべき者たち

「私は言ったよ。もう戻ってこないでって」


樹海の惑星グ=ラス カルカラ市外周】


―――たどり着いた……!

ティアマトーは歓喜した。幾多の屍を乗り越えた先、ようやく奪還すべき都市。そして最優先攻撃目標である敵、神格ユグドラシルを視界に収めたのだから。喜ばずにいられようか。奴さえ滅ぼせばこの戦、神々の勝ちなのだ。地上にへばりつくことを余儀なくされた眷属たちもその機動性を存分に発揮することが叶おう。

陸上戦闘形態へ移行。山をながら、巨大化した体で。もはや出し惜しみする理由は何一つない。この力の全てを注ぎ込み、敵神を滅ぼしてくれる。

大気を凝集させて盾を構築。降り注ぐ荷電粒子砲を。味方の被害を恐れているのか、上方に位置する水晶の世界樹ユグドラシルの攻撃の威力は低い。防ぐことなど造作もない。

お返しとばかりに力を振るう。使い魔どもを召喚する。分子運動制御出力最大。背後の山々が、自己組織化し、十数という巨大な岩の竜の形をとっていく。

これほどの質量をもってすれば奴を仕留める事も容易い。前方の都市に被害を与えぬよう注意せねばならぬのが少々厄介なだけだ。

「行け!!」

音速の三倍もの速度で、岩竜たちが伸びあがった。

一体一体が巨神を大きく上回る質量による攻撃は、水晶で出来た巨樹を容易く食いちぎるだろう。回避の余地はない。

事実、ユグドラシルは回避しなかった。そうする必要がなかったから。

まず、先頭の岩竜が。真横から音速の二十四倍で突っ込んで来た、小麦色の大剣に貫かれて。

同じことが立て続けに何度も繰り返され、更には四本の矢が残った竜に着弾すると同時に爆発。粉々に吹き飛ばす。

「―――!?」

ティアマトーは、槍を振るった。

衝撃。

異形の女神像が握る槍が受け止めていたのは、長剣。それは小麦色をした腕に握られ、こちらに押し込まれようとしている。

渾身の力で相手を跳ね飛ばしたティアマトーは、この時点でようやく敵手の全貌を目の当たりとした。

獣相の女神。角を備え、冠を被った巨像がこちらに剣の切っ先を向けていたのである。

敵神は口を開いた。

「メラニア。あなただよね。私だよ。ローザだよ」

「―――!」

「言ったよね。もう戻ってこないでって」

「戯言を。貴様も滅ぼしてやろう!」

力を振り絞る。先の倍の使い魔を。槍を構える。体格ではこちらが圧倒的に有利だ。数の上でも。ローザを殺し、その上でユグドラシルも殺す。みんな殺してやる!

。槍を振るう。刃が激突し、力負けした敵手が後退していく。質量が違う。パワーが違う。半人半蛇の巨体を持つ今のティアマトーにとって、ローザの拡張身体は小物でしかない。

何度目かの激突。後退を続けるローザに向けて竜を。二十四の岩竜が、襲い掛かった。


  ◇


巨大な顎が、突っ込んで来た。

口を開くかのごときそいつは何万トンもある岩の塊だ。防ぐのは容易ではない。

だからローザは。大剣を呼び戻す。長剣を振りかぶる。合計十三本の剣を、前進しながら縦横無尽に振るったのである。

一瞬で破壊された岩竜を振り払い、上昇。長剣を投げ捨て、弓矢を。背後に振り返る。つがえた矢を、まとめて放つ。こちらに追いすがっていた竜が吹き飛んだ。距離が開いたところで反転、大剣たちに熱量を流し込みながら、へ突っ込んだ。

多数の刃が縦横無尽に振るわれるたびに岩竜は砕け散り、ローザが前進するたびにティアマトーの力は削がれていく。フォレッティは確かにティアマトーと比して質量に劣ってはいたが、その速度が生み出す破壊力は決して引けを取らなかったのである。

再度の激突は、互角だった。

じりじりと鍔ぜり合う二柱。長剣と槍が互いの隙をつくべく均衡を保つ。大剣はあるものは蛇身が備える腕に阻止されていたが、あるものは相手を貫いている。もはや敵神に分子運動制御を振るう余裕はないと見えた。

だから、ローザは叫ぶ。

「―――メラニア!!」

「私を……その名で呼ぶなぁ!私は"ティアマトー"!!神々の忠実なる眷属!」

「!?」

その叫びに、ローザは何が起きたのかを悟っていた。自分たちを救ってくれた魔女がもう生きてはいないことを。彼女の神格は眼前の少女に移植されたのだ、ということを。

上方より撃ち込まれた援護射撃が均衡を崩す。ユグドラシルが放ったそれは緑青の体を持つティアマトーを切り裂き、手傷を負わせたのである。

反射的に相手の隙をつこうとしたローザは弾き飛ばされた。大地が生じた壁によって。分子運動制御によって形作られたそれはまるでティアマトーの拒絶そのものだ。

だからローザは力を振り絞った。膨大な熱量が周囲の大剣に流れ込み、束ねられ、そして運動エネルギーへと変換されていく。

それは一斉に、解き放たれた。

一本。二本。三本目で壁にひび割れが走り、六本目で消し飛ばした。七本目がティアマトーの槍をへし折り、八本目が巨腕の爪に逸らされる。九本目が胴体へと突き立ち、十本目がかすめていき、十一本目が敵手の被る駱駝の頭骨を砕いた。

露わとなる、ティアマトーの素顔。それは、肉体であるメラニアの顔そのものだ。

「―――!!」

そして十二本目の大剣がとうとう。異形の女神像の胸板を、貫いた。

茫然と、自らの負傷を見やるティアマトー。

そこへ、長剣が振り下ろされた。

強烈な攻撃は、抵抗なく緑青の女神像を切断していく。

まるで時間が停止したように、すべての動きが凍り付いた。

ややあって。

緑青の女神像は、粉々に砕け散った。


  ◇


けだるさの中、魔女は目を覚ました。

随分と長い間夢を見ていた気がする。はっきりとは思い出せないが、恐らくとびっきりの悪夢だった。まだ目がはっきりとは見えない。こちらを覗き込んでいるのはローザと言ったか。あの知性強化動物の娘だ。遠近感がおかしい。ずいぶんと大きく見えるのだが。

泣きそうな少女に向けて、苦労して微笑みを浮かべる。私は大丈夫だ、と。伝わっただろうか。どうか伝わっていてほしい。

ああ。それにしても疲れた。意識を保っていられない。また眠りに落ちるだろう。願わくば、今度は悪夢ではなくよい夢を見られますように。

こうして、魔女は。再び深い眠りに落ちて行った。


  ◇


―――まだ、生きてる。

ローザは、自らの掌。拡張身体のそれに収まった、小さな娘の体を見下ろした。

頭部。胸部。右肩。腹部。

ティアマトーに残されているのはそれだけ。眷属の生命力であっても、もはや助からぬであろう。何の手助けもなかったとするならば。

そうはならなかった。ローザは自らの権能。環境管理型神格としての力を発揮し、その巨神を構成するものと同じ分子機械群に治癒を命じたから。

ほんの少し傷が癒え、そして安らかな寝息を立て始める眷属の娘の姿に、ローザは安堵のため息をついた。更には最後の仕上げをする。完全な状態の眷属に対しては不可能だが、瀕死の今ならば。

脳にわずかに手を入れる。思考制御に負荷をかけ、破綻させる。

自らの為すべきことを終えた獣神は、掌を。そこへゆっくりとティアマトーの。否、魔女でありメラニアでもある娘の体が沈み込み、収容されていく。

大切な女性を自らの内に収めたローザは、ふわりと浮かび上がった。

頭上で浮遊する水晶の樹に手を振る彼女。急場は凌いだ。後は国連軍が何とかするだろう。

仲間たちはもう都市に入っただろうか。彼らと合流しよう。共に地球へ行こう。魔女メラニアも一緒に連れて。

戦いを終えたフォレッティの少女は、先行する仲間たちを追って都市へと向かった。




―――西暦二〇五四年十二月六日。ローザが国連軍の下まで帰還した日。神々による大規模反攻作戦が失敗に終わる前の月の出来事。

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