カルカラの呼ぶ声

「あれがカルカラ市。人類が占領した神々の都市だ」


樹海の惑星グ=ラス カルカラ市外周 ハイウェイ上】


「―――もうさっきみたいなの、起きないよね」

「……巨神が近くに瞬間移動してくるか?って意味ならたぶんない。安心していいぞ」

まんまるの問いに、アンディはそう答えた。

ガタガタと、先ほどよりも振動の多くなったトラック上でのこと。曲がりくねった山道の許す限りの速度で、子供たちと負傷兵を乗せたトラックは走行していた。立木との衝突があっても問題なく走れているのは、軍用のタフな作りの賜物だろう。

敵を始末し終えたスティールコングはこちらに手を振ると去っていき、何とか生き残った人間たちは立ち直るとトラックでの移動を再開した。後部から見ると、緑と硝子の葉に彩られた景色が高速で流れていく。

「俺も詳しくないが、そもそも瞬間移動は難しいらしい。人間の脳だと大した距離は飛べないんだとかなんとか。それに負担が大きいから連続でできない。もし長い距離を正確に飛べたら防衛線を張って阻止なんてできないからな」

長距離の瞬間移動を正確に実行できるのは現状では第三世代型知性強化動物か、あるいは強力なコンピュータを積み込んだ超大型の宇宙艦だけである。人間の脳を用いた場合まともに移動できるのは百メートル先がせいぜいで、例えば十キロメートル移動するのに五十キロメートルの誤差が出る。演算能力が足りなさすぎるせいだが、これでは使い物にならない。

先の仏像は、揉み合っている間に瞬間移動を決行した結果あそこに出たのだろう。

「そろそろだ。前の方を見てみろ。いいものが見れるぞ」

「いいもの?」

「見てのお楽しみだ」

アンディは子供たちに前を見やすい場所を譲ると、自らは引っ込んだ。

入れ替わるように前方を注視する子供たち。彼らは、やがて見えて来たものに対して感嘆のため息をついた。

雄大な山々に囲まれた高原に広がる、それは都市だった。硝子張りのビルディングが立ち並ぶ超近代的な市街地が、森林に囲まれた中に存在していたのである。木々より上の道路が何本も、周辺から市街の中心に向けて伸びていた。

「カルカラ市。人類が占領した神々の都市だ。今でも百万近い神々が暮らしている。今攻めてきてる敵は、あそこを取り返そうと躍起になってるんだ」

「凄い……」

「都市を見るのは初めてか?」

「うん」

百万都市の威容に、子供たちは戦場にいるということも忘れて見入っていた。それほど初めて見る都市はインパクトがあったのだ。

「神々の都市も凄いが、人類の作る都市だって負けてないぞ」

「僕たちも地球に行ったら見られる?」

「もちろんだとも」

「無事にたどり着けるよね?」

「大丈夫だ。上を見てみろ」

子供たちは、言われた通りにした。

都市上空に浮遊していたのは巨大な水晶の樹。対比物がないため分かりづらいが、何百メートルもあるのではなかろうか。

「味方の神格だ。あいつが守ってくれる。この騒ぎが終わったら、すぐ空港から地球に送り届けてもらえるさ」

「うん」

やがて山道を抜けたトラックは、ハイウェイのひとつに入った。樹海の木々を見下ろせる高所に設けられた道である。

結構な速度で走っているはずだが、それですらかなり時間がかかりそうだった。

それでもこのままならば無事、たどり着いていただろう。

だがそうはならなかった。

この日最後の試練が、子供たちの前に立ちはだかったから。

「―――見て。左!!」

ちびすけの声にみなが顔を出し、そちらを見た。

直後。

森林に迫る山肌が、内側から。更にはその中から、緑青に彩られた途轍もない巨体が身を乗り出したではないか。

信じがたい大きさだった。蛇身を備えた構造は並みの神格の何倍、いや何十倍もあるだろう。

「なんだありゃあ……」

「敵だ。防衛網が突破されたんだ!あの位置はまずいぞ。都市が近すぎる」

アンディの言う通り、上空の水晶の樹からの反撃は低調だった。その荷電粒子砲は強力な武器だが、地上に向けるには威力がありすぎる。どうしても出力を押さえてしまいがちなのだ。

そこで、すっくと立ちあがったのはローザ。

「私が行く」

「ローザ……」

「大丈夫。時間を稼いだら他の人たちもきっと来るから」

言い終えたローザは荷台より後方へ跳躍。空中で大量の自己増殖型分子機械が出現し、自己組織化を経て実体化するとローザを飲み込む。

変化は続き、ついには。巨大な女神像が、トラックの後方を飛翔するに至った。

獣相の備わった頭部から角を生やし、冠をつけ、軽装の甲冑をまとい、弓と矢筒で武装し、そして背面には十数本の大剣を翼のように浮遊させた巨体を小麦色に輝かせた獣の女神。妖精フォレッティだった。とうとうローザは、その力の全てを取り戻したのだ。

のっぽは、それに対して叫ぶ。

「あれ、たぶんメラニアだ!!頭の部分の像に見覚えがある!!」

返答は、頷き。ローザの拡張身体はのっぽの言葉を聞き取ったことを伝えると、高度を上げていく。それが十分になった時、小麦色の獣神像は緑青の巨体へと向かっていった。

トラックの人間たちは、それを見上げていた。




―――西暦二〇五四年十二月六日。カルカラ市の最終防衛ラインが突破された直後の出来事。

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