旅の終着点
「国連軍!やっと会えた!!僕たちはあなたたちに保護してもらうために旅してきたんです」
【
それは精密で複雑でそして巨大な機械だった。
ちょっとしたビルディングをほどもある、横倒しになった箱形の機械。緩やかな丘陵が続く荒野で、距離を離して並んでいるそれらの機械は車輪を備えた移動式である事がうかがえる。
今。その周囲で戦衣に身を包み、武装した鳥相の兵士たちが働いていた。かなりせわしなく、箱形の機械をいじりながら。
やがて点検が終わったか、彼らは機械の先端。操作室に入って扉を閉めると、動作を開始した。箱形の部分が立ち上がる。機械がアームで支えられる。同じ事が何カ所。いや、ここを含めた何十カ所で繰り広げられていたのである。
やがて、機械は一斉に火を噴いた。蓋が吹き飛び、中に詰まっていた十メートル以上の円筒をガス圧で射出。飛び出た円筒は空中で向きを揃え、その主機関に点火する。
三百以上のミサイルは、一点に向けて飛び立った。
◇
【カルカラ市上空】
巨大な水晶の樹だった。
雲がゆっくりと流れていく高空に佇むのは、二百四十メートルもの巨木である。もちろん自然の樹木ではない。人類製第三世代型神格"ユグドラシル"。そう呼ばれる兵器が、そこに位置していたのだった。
超近代的な都市の上空を飛翔するこの樹木は、地平線の彼方で起きた異変にも変わらないように見えた。四方八方より飛来する、無数のミサイルの姿を前にしてさえ。
もちろんそうではなかった。
内に蓄積された莫大なエネルギーが収束していく。枝の一本が指向される。
臨界に達した段階で、それは解き放たれた。
強烈な荷電粒子ビームは光の帯と化し、東方のミサイル群へと伸長。それはたちまちのうちに西側まで薙ぎ払われ、直後。見事に切断されたミサイル群が、爆発。消失した。
恐るべき威力。恐るべき精度であったが
◇
【同時刻 カルカラ市より北方二十一キロ地点 国連軍防衛ライン】
「ぅ……」
揺れる背中で、アンディ・コリンズは目を覚ました。頭がぼーっとする。体がだるい。力が入らない。これは誰の背中だろう。何故自分はおぶわれているのだろう。
「あ。おじさん。目が覚めた」
「…おじさんじゃあない。俺はまだ二十四だ……」
答えて、唐突に意識が覚醒していく。そうだ。自分は戦車から引っ張り出された。重傷だったはずだがまだ生きている。知性強化動物を見た記憶がある。何が起こった!?
「おとなしく背負われててよ。おじさん、血をかなり流してたんだから」
「……ここは。君たちは誰だ。いや、どこの部隊だ」
無理やり首を動かす。自分を背負っているのはまんまるな子供。周囲にはちびの少年。のっぽな女の子。そして———獣相を備え、尻尾を伸ばした知性強化動物。
こちらに話しかけているのは、のっぽ。
「その前に答えて。おじさんはどこのひと?」
「……国連軍。アメリカ陸軍、第53神格駆逐大隊所属、戦車兵のアンディ・コリンズ曹長だ」
「国連軍!やっと会えた!!僕たちはあなたたちに保護してもらうために旅してきたんです。北から、二年以上かけて。そこのローザは旅の途中で拾ったの。酷い怪我で、記憶をなくしてて大変だった。ようやくここまで来たと思ったら戦闘が始まってるし」
「待て……二年……?そんなに…っ!?」
横を歩くローザがこくり。と頷いた。それなら知性強化動物がこのような格好でいるのも筋は通る。通るが———
「おじさんの怪我はローザが治したけど、僕たちはどうしたらいいか分からない。おじさん、どっちに行ったらいい?」
「……後方に物資集積所がある。さっきの場所から南南西だ。連れてってくれ。たどり着けば後はなんとかなる」
「分かった」
「気をつけてな……」
どうやら、この子供たちを信じるより他ないようだった。腹をくくったアンディは、まんまるが背負いやすいようにしっかりとしがみつく。
周囲は明るい。樹海の枝葉が天を覆っているが、その隙間から絶え間なく響く爆発音や飛び交う閃光。それらは戦闘がいまだ続いていることを主張していた。
そして、時折南方から伸びる、薙ぎ払われるがごとき光の帯。
「―――凄い。あれは……?」
「味方の神格の攻撃だ。そいつが無事な限りは何とかなる」
上空に占位しているユグドラシル級こそが、カルカラ市を占領している国連軍にとっての命綱である。という事実をアンディは知っていた。空中から接近する者は神格であろうがミサイルであろうが、あるいは砲弾の雨あられであろうが容易く撃墜され、あるいは無効化される。
小川を渡り、木々の合間を抜け、一時間以上歩いた先。
隠蔽され、複数のコンテナが積み上げられた物資集積所が見えて来た。
子供たちはようやく、人類の領域へと足を踏み入れたのだ。
―――西暦二〇五四年十二月上旬。神々による大規模反攻作戦の最中の出来事。
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