防衛戦

「畜生め。奴ら、自分の命じゃないからって弾避けに使ってやがる」


樹海の惑星グ=ラス カルカラ市より北方二十三キロ地点 国連軍防衛ライン】


山々の向こう、天まで届く火柱が立ち昇っていた。

ひとつだけではない。幾つも幾つも。遅れてやってくるすさまじい振動。衝撃波。熱。それは、神をも滅ぼす焔の威力の余波である。

対神格地雷が炸裂する中、幾つもの影がゆっくりと。山向こうに連なっているのが見て取れた。仲間がいくのを踏み越えてくる巨大な神像群は、機械生命体に乗っ取られた脳が操る流体の塊だ。

地獄のような光景だった。

「クソッたれ。奴ら本気だぞ。今までみたいな小競り合いじゃない」

狭い車長席で、アンディ・コリンズは呟いた。彼の属する戦車部隊は、幾重にも敷かれたカルカラ市の防衛ラインを守備する戦力のひとつだ。もちろん総員がとっくに臨戦態勢である。入念に隠蔽と野戦築城を済ませた彼らは神格の一体や二体、容易く始末できるだけの能力がある。もちろんそれ以外の陸上戦力も。むしろそちらこそが彼らの本来の標的であったが、敵は陸路に神格を大量投入してきたのだ。五十メートルの巨神は険しい山岳地帯では意外と小さい。

指揮所より入電。データリンクを再度チェック。誤差修正。砲の安全装置解除。キルゾーンに敵が侵入するのを待ち構える。額より汗が流れ落ちた。早く来い。あとちょっと。その先だ。さっさとしろ―――

「―――撃て!!」

同じ命令が何十、何百と発せられ、装薬砲が。レールガンが。レーザー光線砲が。電熱砲が。ありとあらゆる火器が一斉に投射された。

敵神は、対処しようとした。多数の実体を持つ弾丸が空中でしたかと思えば爆発。運動エネルギーが分子の熱運動へと変換されたが故である。分子運動制御の、それは威力だった。

しかし、無意味だった。多方向からの攻撃に対応するのに人間の脳ではあまりに足りず、そしてそもそもそれでは防ぎ得ないレーザーや電子ビームによる砲撃も含まれていたからである。

神像の頭部が吹き飛ぶ。腹部に亀裂が入る。腕が脱落。足が溶融する。

呆気なく砕け散っていく、神々の眷属。

それを踏み越え、二柱目が突入してくる。三柱。四柱。火力が分散する。生き残った眷属が腕を伸ばしたかと思えば、掌から雷撃を放った。稜線が吹っ飛び、味方の砲がその分だけ沈黙する。たちまちのうちに彼我の火力が激突する地獄絵図が出来上がる。アスペクトが炸裂するたび、閃光が。熱が。氷の刃が防衛部隊を吹き飛ばし、対する人間たちの反撃も眷属を粉砕していく。既に眷属を十は始末しただろう。もはやどちらが優勢なのかも分からぬ中、アンディは射撃を指示し続けた。空電が凄まじい。無線がほとんど死んでいる。この環境下であっても軌道上の宇宙戦艦からのレーザー通信だけは繋がっている。あちらはあちらでいかに制宙権を獲得するかの熾烈な戦いが行われているはずだ。他からの増援はない。敵の侵攻ルートは多方面に渡り、他所に回す余力などどこにもない。

もはや何も考えられない。アンディは戦車の部品となって機能し続ける。途切れ途切れなデータリンクと焼け付きそうな主砲だけが命綱だ。

それも、やがて限界が来た。

「―――後退しろ!急げ!!」

敵神がこちらに槍を構えたのと、戦車が急速に後退を始めたのは同時。掩体を飛び出し、稜線の陰に隠れた車体目掛けて三百トンの槍が投射された。

衝撃。

五十トンの戦車が軽々と宙を舞う。へしゃげ、もはや機能を喪失した戦闘機械は何十メートルもの放物線を描いて斜面に激突すると幾度もバウンドし、幾本もの巨木をへし折ってようやく停止した。

「―――ぅ」

アンディが意識を喪失していたのは一瞬。すぐに正気を取り戻した彼は、ツンと来る異臭に眉を顰め、次いで顔面蒼白となった。これは主砲の液体火薬の臭いだ!!

「脱出しろ、今すぐ!!」

部下たちへ怒鳴る。シートベルトを外す。ハッチを開く。もどかしい。横倒しになった車体より飛び出そうとして、ハッチが完全に開かないことに気付く。歪んだか。狭い。出られない。こうしている間にも液体火薬の臭いは強まってきた。まずい。死ぬ。

「くそ、開け。開け!!」

パチパチ。ショートした電装系から火花が飛び散る。もう駄目だ。

アンディは、死が間近に迫っていることを自覚した。

「―――助けて!!」

彼の悲鳴に、まるで呼応するかのように救いの手は差し伸べられた。開きかけたハッチに差し込まれた手という形で。

それは恐るべき剛力でハッチを無理やりと、開放された脱出口よりアンディの手をぐい。とつかみ、そして引きずり出したのである。

ほとんど放り投げられたアンディは、地面に引き倒された。

直後。

戦車が内側から爆発。穴という穴から炎を吹き出し、そして炎上する。

まさに危機一髪だった。

しばし茫然とそれを見上げたアンディ。この様子では部下たちは絶望的だろう。脱出した様子は見られない。

「おじさん、大丈夫?」

振り返った先にいたのは、獣相と尻尾を備え民族衣装風の服装を着込んだ知性強化動物。彼女がハッチをこじ開けてくれたのだろう。

「助けてくれたのか……うっ」

跪いたアンディは、脇腹からねっとりとした血が流れ出ていることを知った。

急速に意識が遠くなっていく。

「君は……」

「ローザ。フォレッティのローザだよ、おじさん」

相手の返答を聞き終えることなく、アンディは意識を喪失した。




―――西暦二〇五四年十二月上旬。神々による大規模反攻作戦の最中の出来事。

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