決別
「君は、この世界についてどれくらい知ってる?」
【
「……どういう意味でしょうか」
のっぽの問いかけに、
樹海を南進中の出来事である。先頭はまんまる。のっぽ。その次にティアマトー、ローザと続き、殿をちびすけという布陣である。
片足を失ったティアマトーの歩みを支えるのは松葉杖。鉈と手斧で形を整え、縄で結束されただけの急ごしらえの道具を頼りに皆と進んでいた。
ティアマトーの体は驚くべき回復力を発揮し、翌日にはもう、動けるようになっていた。足が再生するにはかなり時間がかかるだろうが。マントでごまかしているが、この数日でもじりじりと元の長さに戻りつつある。この人間たちのグループに気取られれば困ったことになるだろう。恐らくある程度再生が進んだ段階で、助けられたのだろうが。細かい外傷が消えていることに気付かれれば厄介だったが、今のところその様子はない。
不思議な集団だった。子供ばかりだし、北の大陸からの膨大な行程を踏破したというのもそうだ。そしてそのうちのひとり。ローザと名乗った少女は顔をフードと覆面で深く隠し、伺えるのは目元だけである。食事の時もひとり後ろを向いている。素顔を明かさないのは何らかの宗教的な理由かもしれぬが。
「質問を変えよう。神々を何だと思ってる?」
「……神々は神々でしょう。私にとっては生まれた時からそうです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「神々を、超越的な力を持った、不思議な存在だと?」
「……」
「あれはただの生き物だよ。人間と同じに。僕たち同様この世に存在している。触ることも出来れば会話もできる。入念に準備をすれば殺す事だってできるだろう」
「―――!」
「それは眷属だって同じ。人間を材料にして作った神々の武器に過ぎない。凄まじい力を持ってるけど、人間にも同じものを作ることができる。人間の代わりに、知恵を与えた動物を使って。知性強化動物。っていうらしいよ。まんまな名前だね」
「……知りませんでした」
「それが神々の目論見なんだ。人間を無知なままにすれば、支配できる。人間でも対抗できるってことを知られなければ歯向かってこないから。
僕たち自身、旅の途中で教えてくれた人がいたんだけれども」
「南に行ったらどうするんですか。神々と戦う軍勢に加わると?」
「そこまでは考えてないよ。ひとまず助けを求めるだけで。僕がいたって何の役にも立たないだろうし。
君はどう?この世界を支配する連中。足を失う原因になった神々に復讐したい?」
問われて、ティアマトーはどう答えるべきか悩んだ。
結局、無難な答えを口にする。
「分かりません。そんなこと、考えた事もなかった」
「難しいよね。でも考えておいた方がいい。もうすぐ、僕たちは人類が支配している世界にたどり着くんだから」
「人類……そこが楽園だと思いますか?」
問われたのっぽは、頭を振った。前を歩きながら、こちらに背を向けたままで。
「僕たちがこの二年あまりの旅で学んだことは、人間にも色々いるってことだ。僕たちを命がけで助けてくれた人に何人も出会った。自分たちが生きるので精一杯な人たちもいた。武器を向けられて閉じ込められたことだってある。地球だっていろんな人がいるだろう。でもこれだけは言える。彼らは実際にこの世界にやってきた。僕たちを助けるために。だから、この世界よりも地球の方がほんの少し。人間に優しい世界だ。僕たちはみんなそう思ってる」
そこまで話すと、のっぽは口を閉ざした。ティアマトーも無言。皆が黙々と前進を続けていた。それは、しばしの間続いた。
◇
今日の行程を消化し、皆が荷物を降ろしたときだった。異変が起こったのは。
「―――?なんか音がする」
「隠れるんだ」
皆が大木の下に張り付き、空を見上げる。
何がやってきたのかはすぐに知れた。大きな機械。人間が数人は乗れるであろう大きさの、回転する翼を持った機械が低空を横切っていくのである。
「どっちだ?」
「分からないよ」
まんまるの疑問にローザが答える。あれが神々と人類、どちらに属する者か判別できていれば楽だったのだろうが。
やがて、機械は山の向こうへと消えて行った。
「随分と低い高さを飛んでたなあ」
「そうしないと山の向こうから狙い撃たれるよ」
「そりゃそうか。結局、どんなに凄い技術があっても隠れないとやられちゃうんだなあ」
隠れ場所から出て来た一同は息をついた。あんなものが飛び交っているということは目的地が近いのだろう。あるいは神々が前線を押し返している可能性もある。
「ひと目で人間ってわかる人たちがいると助かるんだけどなあ。もしくは前線を抜けて、もっと後方まで入り込んでから国連軍に接触するか」
「寝る前にその辺も話し合おう。とりあえずは野営の準備を」
のっぽの一言で、皆が動き始めた。たちまちのうちに立木に枝を立てかけて骨組みとした屋根ができる。ダコタファイヤホールが完成する。
晩餐は拾い集めて来たドングリと川魚である。
男たちはドングリの調理を開始。地面のくぼみに入れたそれらを石で叩いて殻を割り、水で殻を浮かせて食べられるものだけを取るのである。一般にドングリはアク抜きをしなければ食べられないが、幸運なことに生でも食べられるホワイトオークの実だ。少し火を入れればおいしい食料となるだろう。
この段階で、ずっと皆の作業を見ていたティアマトーに仕事がようやく回ってきた。女性陣に混ざって魚の調理である。これなら片足がなくとも座ったままなんとかできる。
「―――いつもこんなことを?」
作業中、ティアマトーは疑問を口にした。この惑星は食料を自然から調達できない土地も多々あるはずだが。
答えたのは同じく調理中ののっぽ。
「いつもじゃないけど、まあかなり。人間の村で、働く代わりに食べ物を分けてもらったりとかもするけどね。そういうのができないときのために、なるべく地球の生き物がいるところを選んで通ることにしてる。凄いよね。生き物の生命力。色んな広がり方をするみたい」
「確かに」
手早く処理していくのっぽとローザに対して、ティアマトーの仕事は遅い。前世ではどうだったか知らないが、この肉体が住んでいた場所では魚はめったに食べられない贅沢品だった。眷属となってからも料理する機会など皆無だったから魚の調理には不慣れである。
「手伝おうか?」
「大丈夫です。―――あ」
ざっくり、ナイフが指に食い込んだ。結構な出血が始まる。
「ああ。大変だ。ちょっと見せて」
「いえ、平気ですから」
のっぽに手を取られる。傷口を検分された。
「酷い血じゃないか。……あれ?傷口が―――ふさがってく?」
「!?」
―――しまった!
ティアマトーは、自分が致命的なミスを犯したことを知った。人間は傷が瞬時に再生したりしない!
反射的にのっぽを突き飛ばしたティアマトーは周囲を一瞥。大丈夫。人間の子供が四人。ここで始末すれば国連軍に通報されることはない。発覚は遅れるだろう。本来であれば今夜あたり、寝静まった隙に去るつもりだったが予定変更だ。
分子運動制御を働かせる。子供たち三人が地面に抑えつけられる。このまま力を込めれば―――待て。三人?
気付いた時には既に、強烈な蹴りが迫っていた。
それはティアマトーの顔面に激突するとその凄まじい威力を発揮。五メートルも吹き飛ばしたのである。
軽い脳震盪を起こしながらも持ち直した眷属は、分子運動制御を自身に働かせて着地。片足のまま、樹木を背にもたれかかる。
その前に立ちふさがったのはローザ。顔を隠していた彼女は、自らのフードと覆面を脱ぎ捨ててその素顔を曝け出した。
毛に覆われ角を生やした、ヒトと異なる頭部。腰のあたりから伸びる尻尾。すべてが、少女の正体を声高に主張していた。
―――知性強化動物!!
人類の守護者たる超生命体は無手のまま踏み込んだ。凄まじい威力の打撃が樹木を粉砕。咄嗟に回避しなければ、ティアマトーが同じ目に遭っていただろう。
そこからさらに蹴り。踏みつけ。立て続けの連続攻撃を転がって
全身のばねを使って跳躍すると、ティアマトーは敵に対して距離を取った。
「仲間を殺すぞ!」
叫びに、敵手の動きはぴたりと止まる。
「今の私ではお前に勝てん。だがそこに転がっている三人を殺すのはわけもない。取引だ。私はこのままおとなしく去る。代わりにお前は私を見逃せ」
知性強化動物は仲間を一瞥。まだ全員生きている。ここ数日の様子を見れば乗ってくるはずだ。
果たして。
「―――行って。もう戻ってこないで」
「取引成立だな」
油断なく敵へと視線を向けたまま、ティアマトーは後退。分子運動制御で自らを支え、木々の合間を飛翔していく。
数日を共に過ごした子供たちの姿は、たちまちのうちに小さくなりそして見えなくなった。
―――西暦二〇五四年十二月一日。神々による大反攻作戦が開始される直前の出来事。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます