ヒトじゃない
「僕たちは、困ってる人は助けることにしてる。できる範囲で、だけど」
【
静けさの中で、ティアマトーは目を覚ました。
響いてくるのは雨が岩棚を叩く音。すべてを飲み込む豪雨が、他のあらゆる音を打ち消している。
目を凝らす。暗い。しかも視界がはっきりしない。天井は岩だろうか。体を包んでいるのはゴワゴワとした布地。目の粗い、分厚い織物らしい。
苦労して首を動かす。
左手は岩肌。反対側は、木で作ったこれは―――格子だろうか?枯れ草が詰まっている。恐らく格子を二つ作って詰め込んだのだろうか。壁としての機能は果たしていそうだ。
そして、足元に視線を向けると―――
「あ。気が付いた?」
英語だった。
女の声。十五歳前後と言ったところだろう。数名の男女が、火を囲んでいるのが見て取れた。視力が回復していればもっと詳しく分かったのだろうが。
「ここは……?」
「君が倒れてたところからしばらく歩いたところ。洞窟の中だよ。今のところは安全だから安心して。ずっと。と言えないところがつらいけど」
「……助けて、くれたんですか」
「困ったときはお互い様ってね。僕たちは、困ってる人は助けることにしてる。できる範囲で、だけど」
「……困っている人、ですか」
ようやくティアマトーは合点がいった。このグループは、自分のことを人間と勘違いしているらしい。だから助けたのだ。
なんにせよ好都合だ。十分に再生するまで、勘違いさせたままでいるのが得策だろう。
「……あなたたちは何者ですか」
「僕たちは旅人。国連軍に助けを求めてここまで来たんだ。ずっと北の方からね。歩き通しで二年かかったんだよ」
「……二年」
「今までだって危険なことは何度もあったけど、今回はほんとにヤバかった。巨神が戦ってるのに巻き込まれるのは二回目だよ」
ティアマトーは素直に驚嘆した。それだけの歳月を旅するというのは尋常な苦労ではなかったはずだ。強運に恵まれ、優れた能力を持っていなければ成し遂げられない冒険のはずである。もちろん話が嘘ではないのであれば、だが。
しかし、彼らは瀕死のティアマトーを見つけてこうして安全な場所まで移動し、手当をしている。国連軍の砲兵部隊と神格が交戦していた場所で生き残ったのだ。その生存能力については疑う余地はない。
「それで君はあそこで何をしてたのかな」
「……私は。近くの村の住人でした。戦いが始まって、みんなで村を捨てました。私は逃げ遅れて……」
話しながら考えていたストーリーを口にする。実際のところ近辺に村落はないが、二年もかかる場所から来た旅人なら知る由はあるまい。
果たして。相手はどうやら、騙されたようだった。
「それは大変だったね。よかったら、僕らと一緒に南に行かない?あと少しで国連軍がいるはずなんだ」
「……わかり、ました…」
「それで、君のことは何と呼べばいいのかな」
答えようとして、ティアマトーは返答に詰まった。馬鹿正直に"ティアマトー"と答えるわけにはいかない。相手に地球の神話に関する知識がもしあれば、眷属と看破されてしまうかもしれない。
そこで、思い出した。この肉体についていた名前。両親がつけた名前を。
「……メラニア。そう、呼んでください」
「メラニア。いい名前だ」
「あなたたちは……」
ティアマトーの質問に、相手は。四人の旅人は、それぞれが名乗る。女が二人。男がふたり。
いずれもどこかで聞き覚えのある。しかしどうしても思い出せない名前だった。失った記憶と何か関係があるのだろうか。分からない。分からないまま、ティアマトーの意識は闇に飲み込まれていく。
魔女の魂を宿した眷属は、知らず知らずのうちに寝息を立て始めていた。
―――西暦二〇五四年十一月末。神々の大反攻作戦が開始される直前の出来事。
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