二度目の出会い
「難しいことは後で考えよう。とりあえず助けた方がいいと思う。ひょっとしたらもう死んでるかもしれないけど……」
【
超絶的な破壊力が、膨れ上がった。
眼前で生じた爆発。山腹と同じ高さの目線を塞いだ爆炎を振り払い、ティアマトーは後退を続けていた。草原と見間違うほどに小さな木々。一つ一つが小石のように踏み潰されていく岩。数歩で踏み越えられる山々。ちょろちょろとした流れにしか見えない巨大な河川。一万トンの拡張身体から脳に流入するすべての情報は、あまりにも真に迫るが故にリアリティがない。だがこれは現実なのだ。五十メートルの巨体で後退しているのも。四方八方から絶え間なく続くミサイルによる攻撃も。降り注ぐ砲弾の嵐も。山頂より上に頭を出せば待ち構えている大出力レーザー砲の餌食だということも。人類は恐ろしく強い。神格無しでも神格を容易く狩れるほどに。眷属は人類製神格とは違う。注意力は有限であり、認識しきれなかった攻撃を受ければそれだけで破壊されうる。
だから、ティアマトーに出来るのは攻撃を捌きながら後退することだけ。
奥の手は使えない。たった百キロメートル先にはカルカラ市がある。余波によって生じる地震だけでも致命傷を与えかねぬ。独断での都市近辺での陸上戦闘形態の使用は固く戒められていた。もっとも、使えたとしてもこの状況下で意味があるかと問われれば大いに疑問符がつくが。敵は遠隔地からこちらを攻撃している。観測に使っているのは恐らく、巡航ミサイルそのものだ。
真横に気配を感じる。手を向ける。分子運動制御で掴む。ミサイル爆発の衝撃が伝わってくる。
それが囮だと、気付いた時には手遅れだった。
本命は爆発を飛び越えて来たのだ。
至近距離まで接近した段階で急上昇。頂点に達した時点で稼いだ高度を運動エネルギーに変換しながら、巡航ミサイルがこちらに急降下してくる!
防御する暇はなかった。強力な兵器はティアマトーの巨体に激突すると、内臓していた電子励起爆薬を活性化。そのエネルギーの全てを解放した。
◇
地獄のような有様だった。
永遠に続くとも思えた戦いの余波。それは、唐突に終わりを告げた。
「―――終わった?」
のっぽは呟いた。鼓膜が馬鹿になっているのか、自分の言葉が聞き取れないことにこの時ようやく気付く。仲間たちもよく見れば何かしゃべっているが、さっぱり分からない。
と。
ローザがのっぽの両耳を手で包み込むと、急に聞こえるようになった。同じことが後2回繰り返され、全員の聴力が回復する。例の力で治してくれたようだ。
「もう出られるのかな」「さあ」「危険かもしれない」
ひとまず
世界は一変していた。
真上を覆っていた樹冠がない。緑と
というか。
「うわー。こりゃやばかったな……」
急いで全員が外に出て間もなく。べりべり。と役目を終えた
「ついてたんだろうなあこれ」
「危なかったよ」
少なくとも全員生きているし、荷物も無事だ。いや、河原から逃げてくるときにのっぽがやかんをなくしていたが。この有様では河原に戻っても見つかるとは思えなかったが、被害の大きさを鑑みれば許容範囲だろう。まだ茶瓶や鍋も残っている。
「近くに軍隊、まだいるかな」「もう遠くに行っちゃったんじゃないかなあ」「神々が近くにいたらどうしよう」「そもそもどっちが勝ったか分からないよ」
最後のローザの発言に皆が黙り込む。判断材料があまりにもなさすぎた。
「何にせよ、移動はした方がよさそうだ。これじゃ上から丸見えだし、それに」
枝葉がなくなりすっきりした空を指さし、のっぽは続ける。
「一雨来そうだ」
戦いの影響だろうか。晴れていた空に暗雲が立ち込めているのを、一行は認めた。
子供たちは荷物をまとめ、新たな寝床を求めて歩き出した。
◇
「―――ぅ」
ティアマトーは生きていた。全身に重傷を負い、その生命は風前の灯火であったが。自分同様無惨な姿となった倒木に身を寄せ、何とか息をつく。
酷い有様だった。
右足は付け根からなくなり、全身には裂傷。左腕はへし折れ、肺に穴が開いているようだ。片目はつぶれ、もう片方もよく見えない。聴覚もほとんど機能していなかった。ここまで這いずってくる間にどれだけ血液を失ったのだろう。
眷属の驚異的な生命力がなければ、とっくにティアマトーの生命は失われているはずだった。
死は怖くなかった。眷属にそんな感情は備わっていない。神々への忠節を尽くす事こそがその本分だ。これ以上自分が役に立てないという事実だけが悔しくも思えた。
それでも。少しでも可能性があるならば、自己の保全に務めねばならぬ。
だが、それもどうやら無理そうだった。かすれた視界の中、何者かが近づいてくる。味方ではあるまい。恐らく国連軍。ロボットか歩兵か。分からない。今の己は拳銃ひとつで殺せるだろう。巨神はおろか、分子運動制御すら弱った体には手に余る。
目を凝らす。せめて相手が何者か見極めようとして―――
ティアマトーは、意識を喪失した。
◇
「見て。誰か倒れてる」
「人間……?」
子供たちは足を止めた。前方の倒木。そこにもたれかかる人影を見咎めたからである。
それは、瀕死の重傷を負う少女のようにも見えた。緩くウェーブのかかった髪が印象的だ。
「怪我してるよ。助けなきゃ」
前に出ようとしたのっぽ。その肩を、ちびすけが掴んだ。
「待って。眷属かもしれない」
「そうかもしれないけど、もし国連軍の兵隊だったらどうするの」
「うっ。それは……」
言い淀むちびすけ。倒れている人間?の服装はズタボロだ。眷属か国連軍か判別し難い。元々どう違うのか、一行には分からなかったが。
そこに、まんまるも加わった。
「難しいことは後で考えよう。とりあえず助けた方がいいと思う。ひょっとしたらもう死んでるかもしれないけど……。ローザはどう思う?」
「助けたいよ」
「決まりだ。助けよう。ローザ、お願い」
「分かったよ」
一行は負傷者に歩み寄ると、素早く応急処置を開始した。
相手が何者なのか知ることもなく。
―――西暦二〇五四年十一月下旬。子供たちと魔女が再会した日の出来事。
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