天を衝く火柱

「変だよ。静かすぎる」


樹海の惑星グ=ラス南半球 カルカラ市より北北西 百二キロ地点】


「この辺にしとこう」

のっぽは、周囲の地形を検分しながら告げた。河が流れ、植生は豊か。鳥が飛翔しているのを見れば食べ物もきっとあるに違いない。何なら鳥を捕まえてもいい。

硝子ガラスと緑の入り混じった、起伏に富んだ谷間であった。

まだ日は高い。道なき道を十キロも進むのは骨が折れる。野営の準備をするにも早いうちにやっておいた方がよい。

リーダーの言葉に、仲間たちはすぐ準備に取り掛かった。適当な岩陰を見繕うと、枝を集めてその上に荷物を置く。ローザは短剣で穴を掘り始める。まんまるとちびすけが避難所シェルターを作るための材料を集めに出かける。のっぽは、河の中に獲物がいないか目を凝らす。手慣れたものだ。

快適な野営地が完成するまで、ほんの数時間あれば事足りた。

避難所シェルターは起伏に囲まれた中に枝葉で作られた円錐型ティピーの小屋である。周囲から発見され難く、また爆風や流れ弾からも遮られるだろう。中に作った炉は地面に掘った穴二つを中でくっつけた代物で、ローザ曰くダコタファイヤホールというらしい。火穴ファイヤホールはともかくダコタとはなんぞや?というのまでは分からなかった。ローザも由来は覚えていないが、幾つか非常に役に立つ特徴があるので手間暇をかけてでも使っている。まず煙がほとんど出ない。そしてよく燃える。地面の下にあるので風にも強いし見つかりにくい。前線が近いということから他者に先に発見される可能性を下げたい一行には好都合だった。最悪の想定は神格同士の戦闘に巻き込まれることである。ローザと出会ったその日、地形の起伏のおかげで命拾いしたことを三人組は忘れていなかった。

ちなみにダコタファイヤホールの原理は煙突効果である。温まった空気が上昇することで圧力の低下が発生し、そこから空気を吸い込んで効果的に酸素を供給するのだ。

「ひゃあ。すっかり冷えるなあ」

「赤道からだいぶ歩いたからなあ。もう旅に出て二年だよ二年」

「そんくらいになるかあ」

「随分長い間歩いたと思うよ」

火で温まる一同。晩餐はまんまるたちが捕まえて来た鳥である。魚は残念ながら雑魚が少しとれただけだった。

首を落とす。羽根をむしる。内臓を取り出す。切り分ける。枝に挿す。火にかける。

たちまちのうちに、香ばしい匂いが小屋の中に充満した。

「二年かあ。狩りもうまくなるよなあ」

鳥を捕まえることに関してはことまんまるは他の追随を許さない域に達している。得手としているのは投げ棍棒とボーラである。投げ棍棒は曲がっただけのただの木の枝だが、うまく回転するように投げるとかなり安定して飛ぶ。被害半径も大きいので鳥にうまく当たるのだった。ボーラは先端に石を括り付けた紐を三本束ねたもの。振り回し、鳥が飛び出したところに投げつけると百発百中である。

「地球だと狩りをすることってあるのかなあ」

「どんな世界なんだろう」

今までもその片鱗は見て来たが、結局のところ想像の域を出ない。ただ、神々の文明にも匹敵する、凄まじい力を地球人類が持っていることだけは皆がほぼ確信していた。地球の人類によって作られたローザが、ここにいたから。能力の大半を失っていてさえ、彼女に皆が助けられていた。超人的な身体能力もそうだし、傷や病をたちまちのうちに癒す不思議な力がなければとっくに誰かが死んでいただろう。

近いうちに、その全貌を見ることができる。生きてたどり着くことさえできれば。皆がそのための努力は惜しまないつもりだった。この避難所シェルターもそのために細心の注意を払ってこしらえたのだ。

それが功を奏すということを、子供たちはまだ知らなかった。


  ◇


「おなか一杯だ。久しぶりに満腹になったなあ」

ごろん、とまんまるは寝転がった。狩りでしっかり働いて疲れたらしい。炉を中心に四人が横になれるだけのスペースが避難所シェルターにはある。

「お疲れ様。僕はもう一回水を汲んでおくよ」

「じゃあ私も行くよ」

「行ってらっしゃい」

小屋にふたりを残し、のっぽとローザは外へ出た。太陽はまだ高い位置にあるが、谷間の夜は早い。油断するとすぐに真っ暗になるだろう。

少し歩くとすぐに樹冠が途切れ、青空が広がった。雲が2割に空が8割といった塩梅である。砂利の広がる河原に降り立ち、やかんと鍋にそれぞれ水を汲むのっぽとローザ。

戻ろうとしたところで。

「うん?どうしたのローザ」

のっぽが振り返ると、ローザは視線を彼方に向けていた。

「変だよ。静かすぎる」

「……ほんとだ」

言われてみれば、先ほどまで山間部に満ちていた生き物の気配が消えていた。まるで息をひそめているかのように。何が起きているんだろう?

そんな疑問を浮かべる暇もなく、解答は与えられた。物理的に飛んできたのである。

轟っ!!

それは、衝撃波を伴ってやってきた。

二人の頭上を飛び去っていったのは幾つもの巨大な機械。円筒形で、小さな翼を備え、炎を吹き出す十メートル以上の物体が、川筋を遡るように飛翔していったのである。

それは火を噴きながら方向転換すると、山間に消え―――

衝撃。

「―――っ!?」

山の向こうで生じたのであろう火柱は、天にまで高く昇ったのである。それが立て続けに起きたのを見て、のっぽは絶句した。あれに比肩しうるものなど彼女は一度しか見たことがない。巨神に匹敵するような破壊の力があそこで解き放たれている!!

逃げなければ。

そんな考えが浮かんだが、前方から吹き付けて来た強風とそして地揺れがそれを困難とした。まともに立っていられない。

転びそうになったのっぽは、強い力で引っぱられた。

「立って!走るよ!」

ローザの言葉に、のっぽは従う。

走るふたり。目指すは避難所シェルターだ。まさしくこのような状況を想定して作った防御施設。

斜面を駆け上がる。前方の森に飛び込めばすぐそこだ。

枝を掴み、斜面を登り切ろうとしたところで。

「あ」

ローザが手掛かりとした枝が折れた。咄嗟にそれを支えたのっぽは、背後。川上にした物体を、目の当たりにすることとなった。

それは、神だった。

緑青に彩られた女神像。駱駝の頭骨を被り、マントで裸身を隠した巨体は、人類が用いている単位に照らし合わせれば五十メートルもの大きさがあった。

あまりの巨大さに遠近感が狂う。後退しながら姿を現したそいつは、手にした槍を一閃。山影より飛来した何かを切り払い、それによって爆発が生じる。

恐るべき光景に目を奪われたのは一瞬。のっぽはローザを引っ張り上げると、森の中へと飛び込んだ。

幾つもの電子励起爆薬による衝撃波がこの場を襲ったのは、それからすぐのことだった。




―――西暦二〇五四年十一月下旬。子供たちと魔女が再会を果たした日の出来事。

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