前線の街

「目的地は近い。さっさとここを出よう。いつまでもローザの変装がばれない保証はないし」


樹海の惑星グ=ラス南半球 カルカラ市より北北西二百四十キロ地点】


「まずい所に入り込んじゃったなあ……」

のっぽは周囲を見回しながら呟いた。

そこは市街地。そう呼んでよい規模の、人間の街である。日干し煉瓦で出来た建築物が立ち並び、街のそこかしこには水道が引かれ、水を汲んだり洗い物をしている女性たちの姿。東側には水辺が見える。何でも内陸に存在する巨大な湖らしい。大陸中の山脈から流入する河川の水で満たされているのだとか。それによって塩化も進んでいるようで、少しだけ塩辛い。

それはよい。

今までも色々な場所を通ってきた。街の住民も敵対的なわけではない。活気があるくらいだった。

問題はだから、街そのものとは異なる部分にあった。

神々。街中でその兵士たちや戦闘車両と言った兵器。ロボットの姿が見られたのである。凄まじい数だった。その事実を確認した時点ですでに街を回避できる状況ではなくなっていたのである。

「どうしてこんなに神々が……」

「ああ。あんたたち旅人か。この辺は初めてかい」

街角の水場で水袋の中身を補充する子供たち。彼らに声をかけて来たのは、洗濯中の主婦だった。

「ええ。まあ……」

「ここは前線なのさ。神々と、南の人類の軍隊とのね」

「ぜ……前線?」

「そうさね。南に十何日か進んだ先は最前線さ。だんだん近づいてる。不毛の荒野で神々と国連軍が睨み合ってるのさ。時々ここまで地揺れが届くくらいだ」

一行は顔を見合わせた。長いこと国連軍を求めて旅したのだ。それが近くにいると聞いて、やる気になったとしても無理もない。

「神々の軍勢がここに集まってるのもそれが理由だろうさ。あいつらがあたしらにいちいち何か説明してくれるわけじゃあないにしろね」

「そうなんだ……」

「まあろくでもない奴らだよ。我が物顔で街を占領してる。食いもんや酒なんかを持っていくし、家に勝手に上がり込んでどんちゃん騒ぎもするんだ。あんたたちも気を付けなよ。ピリピリしてるからね」

「あの。安全に街を出る方法はありますか?」

「そうだね。湖の側の漁師に声をかけな。通りを挟んで向こう側だよ。舟に乗せてもらえば安全に出られるだろうさ」

「ありがとう。おばさん」

「どういたしまして」

礼を言うと、のっぽは水を一口。うまい。石で組まれたこの設備になみなみと湛えられる水は透き通り、清浄な事が伺える。

水の補給と情報収集という目的を果たしたのっぽ・ちびすけ・まんまるとローザは、狭い路地裏の先に入り込むと周囲に誰もいないことを確認。息をついた。ここなら安心して今後の相談が出来そうだ。

「目的地は近い。さっさとここを出よう。いつまでもローザの変装がばれない保証はないし」

「賛成。食糧が心もとないけど」

「街を出たら湖沿いにしばらく進もう。ここの人たちは漁をするって言ってた。何とかなる」

「それがいいと思うよ」

意見の一致を見たところで、四人は動いた。いつもならばこういった敵対的でない集落では逗留し、物資を補給するのが常だったが今回ばかりは事情が違う。神々の注意を引くのは避けたい。

街の通りに出る。羊肉を売る店主。絨毯を扱う者。携帯用の炉で鉄製品の修理を行う鍛冶屋。魚売りから雑魚を貰う猫。それら商店と交渉する人々。そして、銃を担ぎロボットを従える神々の一団。そういった者たちが混然一体となって通りを形作っている。

フードで深く顔を隠したローザを囲むように三人の子供たちは歩く。可能な限り目立たぬように。街の南側には神々の軍勢が駐屯し、陣地を築いているらしい。あの主婦が言っていたように、東側まで行って漁師の舟に乗せてもらうのがいいだろう。

そのつもりであったが。

どんっ。

うっかり肩をぶつけた相手に、まんまるはギョッとした。戦衣に身を包んだ鳥相の兵士。神々である。

ギロリ。と睨みつけられ、息が止まる一行。緊迫する空気。

そこへ、声がかけられた。

「何してる。行くぞ」

同族から投げかけられたその言葉に、兵士は子供たちを放置して歩いていった。

胸をなでおろした子供たちは、通りの向こう側へ入り込むと足早に進む。

そこにあったのは陽光を反射してきらめく湖と、そして砂浜に引き上げられた何艘もの舟。漁具を整備する漁師たち。

目的とするものだった。

子供たちはそちらに歩き、声をかける。

しばしの交渉の後。彼らは、街を出ることに成功した。




―――西暦二〇五四年十月末。神々による大攻勢が開始される一カ月ほど前の出来事。

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